その3:サンデル教授へのインタビュー報告

2010年11月23日

写真
小林 正弥(こばやし・まさや)
千葉大学法経学部法学科教授。東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、千葉大学法経学部助手・助教授を経て、2003年から現職。NHK「ハーバード白熱教室」の解説者。
写真


今回は、ハーバード・レポートその3としまして、対話型講義に関する小林教授からサンデル教授へのインタビュー報告についてお届けします。

  • Q1: 今日お話されたことのおおまかな内容は? (0:35)
  • Q2: 対話型講義を目指すひとにとって参考になる点は?(1:50)
  • Q3: 対話型講義を日本で実践するうえで困難はあるのか(6:14)
  • Q4: 対話型講義を日本で実践するうえで何か独自の工夫は必要か(8:24)
  • Q5: インタビューをまとめた本のポイントは?(10:46)
マイケル・サンデル教授へのインタビュー

Interview to Michael Sandel by Masaya Kobayashi

書き起こしテキスト

(田中)
哲学の生態に迫るウェブマガジン『フィロソフィー・ズー』哲学ラジオのコーナーを担
当します田中紗織です。

前回は、ビジネス・スクールとロー・スクールでのサンデル教授の活動についてお届け
しました。今回は、ハーバード・レポートその3としまして、対話型講義に関する小林教
授からサンデル教授へのインタビュー報告についてお届けします。それではさっそく行っ
てみましょう。

あらためまして田中です。今日はサンデル先生ご自身にインタビューをさせていただく
という貴重なお時間をいただきました。そのときの様子を小林先生にお聞きしたいと思
います。

まず、今日お話された内容をおおまかにご紹介いただけますでしょうか。

(小林)
はい。昨日お話ししたように、サンデル教授の対話型の教育方法は、日本だけではなく
て、アメリカをはじめ全世界にインパクトを持ちつつあるという状況だと思うんですね。
韓国とイギリスでも、公共放送で『白熱教室』の内容が新年に放送されるということも
うかがいました。そして日本でも、『白熱教室』を見て、大学あるいは高校、さらには
それ以下のレベルでも、対話型の方法を講義や授業に導入しようという先生方が現れて
いる。私自身も、ぜひそういう動きを強力に推進をしていって、日本の学問や教育の改
革につなげていきたいというふうに思っています。なのでサンデル教授に、主としてこ
の対話型講義の方法、具体的なあり方について、いろいろとお話をうかがいました。

(田中)
はい、ありがとうございます。今回のインタビューの内容は、行く行くは一冊の本にな
るその下敷きになるような対話だったわけなんですが、日本の対話型講義を目指してい
らっしゃる方にとって、「参考になるな」と一番お感じになった点はどのへんだったで
しょうか。

(小林)
はい。すでにNHKの放送で『白熱教室の衝撃』という番組がありました。『白熱教室』関
係の番組のひとつですけれど、私が『白熱教室』の一種の見どころとか、サンデル教授
のアート紹介という感じで話をしました。それからサンデル教授が訪日されたときに、
NHKの方がこの対話型の方法についてインタビューをされていて、それを放送する予定だ
というふうにうかがっています。まもなく、NHKで12月かなと思います。私もすでに内容
をうかがいましたので、それを受けて、さらにこの具体的な対話型の方法をどのように
するかということについてうかがったわけですね。

いずれ書籍などの形で公表したいと思っておりますのでそれを直接読んでほしいのです
が、たとえば、この対話型の方法が何年ぐらい前に始まって、どういうふうに展開をし
ていったか。私たちが想像していた以上に、初期からどんどんひとが増えていって今日
のような大講義になったということが分かりましたね。それから昨日もお話ししたよう
に、やはりこのティーチング・アシスタントないしフェローです。こういう方々の役割
も非常に大きいと思います。こういうひとたちがどのように学生たちに対してアドバイ
スしたり教えているのかという具体的なあり方。あるいはそれに対するサンデル教授の
さらにその学生たちに対するアドバイスの方法。そういうことについてもうかがいまし
たよね。

あと、ハーバード大学がこういう放送を一般に公開するようになった経緯や意図ですね。
サンデル教授の関わり方もあらためてうかがいました。公共哲学というものはパブリッ
クなものを重視する考え方ですから、サンデル教授自身がこの講義をパブリックなもの
にするという情熱をお持ちであるということを、あらためて確認しました。私のほうか
ら見ると、公共哲学を主張している教授の教育活動にきわめてふさわしい。それゆえの
情熱だなぁと確認をしたという感じですね。

あと具体的な、『白熱教室』のジレンマとかユーモアとかです。このへんみんなも、聞
いてて非常に印象的なところだと思うのです。このへんについて、教授の考え方や工夫
についていろいろとうかがいました。

そういう具体的な対話型方法のアート。私はこれは「アート」と言っています。ふつう
の言葉で言えば「テクニック」なんですけれども、ギリシア語でたとえば政治術は「ポ
リティケー」で、芸術とか技術とかいろんな意味が含まれているわけですよね。これを
英語で言えば「アート」だと思うんです。サンデル教授は、こういうアートを駆使する
ことによって、これだけ多くのひとびとを魅了する講義をされている。そのサンデル教
授から、ある意味で自分が開発してきたアートの中身について、いろいろと詳しくうか
がってきた。これを多くのひとが聞いて、自分自身の講義とか、あるいは大学以外の公
共的な場でもこういうアートが使えると思いますので、それを使ってほしいなと。

それからもうひとつ大事なポイントは、講義のなかだけではなくて、同じような対話型
の方法で議論を深めるということが、アメリカの政治を含め、現実の社会でも大事だと
いうことをサンデル教授は強調していまいました。日本ではそういう対話があまりない
ので、ああいうサンデル教授の対話が非常に大事だというふうに思いがちなんですけど、
サンデル教授はアメリカ自身のなかにおいてもまだまだ足りないと思っている。とくに
政治においてそういうものが必要だいうふうに言っておられましたね。ですからこの対
話型の方法というのが、公共哲学そのものの課題に直結をしてきて、それが現実の政治
や社会を変えていくという意味を持つ。この点も強調されていたので、これはとても大
事なところかと思います。

(田中)
はい、ありがとうございました。いまお話していただいた内容を、たとえば日本で実際
に実践するときに、いろんな困難もあるかと思うんですが、そのさいにその困難の性質
というのは日本独自の難しさなのか、あるいはアメリカでも同じような困難があるのか。
そのへんはどのようにお感じになりましたか。

(小林)
教授と対話していて、私自身が自分で実践していても思うのですけれど、むろんアメリ
カと日本のカルチャー、違いというものはもともとあるんです。でもだからと言って、
アメリカと日本がまったく違う状況であるというよりは相当程度共通点があるというこ
とを感じたんですね。たとえば、1,000人の講義であれだけの内容のことをいきなり学生
さんが言うというのを、われわれはじめて見て驚いた面もあるわけですね。それはハー
バードの学生が優秀だということが当然あるわけですけれど、でもだからと言っていき
なりああいう講義ができているわけではない。さきほどお話したようなティーチング・
フェローの存在や、それを使っての非常に教育システムがある。ですから大学のゼミと
講義が合体しているような総合的なシステムになっている。逆にそうでなければ、ああ
いうことも大規模講義でいきなりやることも難しいわけですから、日本でもいきなりあ
れができないからと言って悲観をする必要はない。工夫の仕方しだいでそういうことが
可能になるだろう。また、実際日本の現実の社会とか政治で、むろん『白熱教室』のよ
うな優れた対話していないわけですけれど、だから悲観するべきかと言えばそうではな
い。アメリカでおいてすら問題があるので、サンデル教授としてはそれを、ある意味で
ジェネラル・パブリック、多くのひとびとに活用してほしいというように言っていらしゃ
います。むろん日本とアメリカの文化的な違いはあるけれど、だからと言ってアメリカ
と日本がまったく違うから日本に適用できないのではない。むしろアメリカの抱えてい
る問題を、日本は場合によってはそれ以上に抱えていることもある。それを突破してい
くための方策として、このサンデル教授の対話型の講義方法というものはとても意味が
あるというふうに思います。

(田中)
はい、ありがとうございました。いま、日本とアメリカにはいろんな共通点があるとい
うお話をおうかがいしたんですが、日本でその対話型講義を実践するにあたって、独自
の工夫が必要な点というのは何かお感じになりましたか。

(小林)
そうですね。これはやはり日本で、私自身が講義をして思うわけですが、アメリカの場
合はやっぱりアグレッシブな学生がいて、話しすぎるということについてそれをどうい
うふうにさばいたらいいだろうかということを、今日サンデル教授からいろいろ秘訣を
教わったわけです。日本の場合もやはりそういう学生さんもいますけれど、それよりも
シーンとしてしまって手が挙がらないという状況のほうがありがちです。そういう状況
をどうやって避けて活発に意見を言ってもらうかということが、工夫としては大事だと
思うんですね。私が心がけているのは、ひとつは、学生が自発的に手を挙げるときのみ
指す。逆に言えば、だれも手が挙がらないときはその問題はつぎに進んでいくというこ
とをしていますね。やっぱり大勢の人数のなかで発言するというのはそれなりに勇気や
緊張感がありますので、いつ当たるのか分からないというのがあるとますますビクビク
してしまう危険性があります。自分が言おうという意志を持ったときに発言をする。こ
れを出発点に置いて、かなり多くの学生が手を挙げるようになった。いまは一度発言し
たひとについては、もっと議論を深めるために、サンデル教授がやられているように、
もう一度発言を促したり、意見を聞いたりということもしています。その点では若干、
より高度な段階に入っているんですけれど、スタートのところはやはり話すような雰囲
気を作っていく。

もうひとつ言えば、これ対話型講義のひとつのポイントでもありますけれど、何が間違
えているということはめったにないわけですよね。事実関係の間違いというのはときお
りありますけれど、考え方においてはさまざまなバリエーションがあって、間違えてい
るというものではない。それぞれの考え方が発展していくことができるという立場で、
議論を整理していくわけですね。やっぱり学生さんのほうから見ても、せっかく考えた
ことが、いきなり「間違いだ」というふうに教授に言われてしまうと、みんなの前でま
た言おうという気は起こらなくなるだろうと思います。ですから発展させていくために
も、学生の内側のやる気を引き出すような形で、その学生さんの言うことを良い方向に、
まあある意味では発展させていくような形で討論する形で持っていく。このへんも、ひ
とつのアートかなぁというふうに思っております。

(田中)
なるほど。非常に内容のある、また対話型講義をこれから日本で定着させるために非常
に参考になる点ですとか、独自に工夫が必要な点を考えるのに有意義な内容になってい
ると思いますので、内容が形になるのを楽しみにお待ちしたいと思います。先生、何か
ひとつ形のなった本の、おすすめできるポイントというのを最後におうかがいしたいの
ですが。

(小林)
はい。まだこれから本にするその構想を固めていく段階ですけども、さきほど言ったよ
うに、対話型というものを実際に実践していこうというひとたちの一種のガイドブック
のような意味を持つなぁというのがひとつ。もうひとつはやはり、現実の政治や経済、
あるいは社会に対しての大きな考え方を、具体的に分かりやすく当たっていただくとい
うこともしたいと思っているんですね。

今日サンデル教授の話を聞いて思い出したのは、実は日本の公共哲学の近代の出発点に
横井小楠という儒学者がいるんです。彼は儒教の伝統のなかで討論するという伝統があ
るので、それを活性化させて、しかもそれを政治に反映させる。それによって幕末の時
代に、ヨーロッパ的に新しい政治を作っていこう。私の考える公共的な政治、共和主義
的ま政治の出発点に当たるんですね。サンデル教授が「自分のやっている対話型の講義
というものが社会、政治においても非常に役に立つ。それがまさに公共的なものを活性
化していくんだ。それをひとつの市民の理想」というふうに仰っていたのを聞いて、こ
れはまさしく日本の近世の公共哲学の出発点である横井小楠が言っているような、教育
が討論が政治の世界を活性化して良くするんだということと本当に同じ精神だと思いま
す。ここに公共哲学の精神が現れていると思うんですね。ですからその意味で、実際の
対話型講義、そしてそれを社会・政治に活かすという大きなビジョンと方向性を示すよ
うな本を作りたいなと思っております。

(田中)
はい、ありがとうございました。日本型の対話型講義というものを定着させるためのひ
とつのガイドラインというものができる、そういった最初のステップになったインタビュー
だったと思います。ぜひ形にしていって、そのガイドラインが日本のなかで実践されな
がらどんどん改良されていく、そういう様子もまた見守っていきたいと思います。今日
は先生、どうもありがとうございました。

(小林)
ありがとうございました。

(田中)
はい。ここまで対話型講義に関する小林教授からサンデル教授へのインタビュー報告に
ついてお届けしました。次回は、サンデル教授の全面協力のもとにBBCが製作したドキュ
メンタリー風の哲学映画についてお届けします。引き続きお付き合いください。ではま
た。