応用物理学会・企業展示会内サイエンスカフェ「参加を促す情報とは? ——学術広報の現場から」

2016年9月16日

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哲楽編集人・田中さをり 千葉大学大学院にて哲学と情報科学を専攻し、それぞれ修士号、博士号を取得。現在、都内の大学で広報職員を務めながら、哲学者へのインタビューを続けている。




世の中には自分の知らない世界がまだまだある。「応用物理」という世界もそのひとつ。日本応用物理学会という学会があることを私はこれまで知らなかった。学会ウェブサイトによると、会員数は2万人を超え、春と秋に毎年二回開催される講演会にはそれぞれ7千人と6千人が参加して、4000件の発表がなされるという。日本学術会議の協力学術研究団体一覧では、工学系に分類され、大会では企業が商品の展示をすることもできる。
ここでは、2016年9月14日、新潟市にある朱鷺メッセにて開催された応用物理学会秋季学術講演会・JSAP EXPO Autumn 2016でのサイエンスカフェにお招き頂いたときの様子をお伝えしたい。
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2007年から新潟市のジュンク堂書店で市民向け科学対話の場を開いてきたサイエンスカフェにいがたという有志グループがある。このグループがはやのん理系漫画制作室のスポンサーのもとで応用物理学会内のランチョンセミナーに出展することになり、私はそちらに向かっていた。理系漫画家はやのんさんは、今年5月に応用哲学会シンポジウムにご登壇頂いたので、魅力的な漫画の数々を覚えている方もおられるだろう。サイエンスカフェにいがた代表の本間善夫さんの専門は化学・科学コミュニケーションで、環境ホルモンなどが人間に引き起こす問題から、社会と科学のあり方について長年考えてきた。その本間さんに、 DNAの3Dプリンタ模型の説明を受けながら、なんとか目的のスペースにたどり着いた。

カフェのファシリテーターを担当するのは、新潟大学大学院で理論物理学の研究をしている小林良彦さん。小林さんは打ち合わせ時にこんなことを言っていた。「僕が見聞きする限りでは、湯川秀樹が活躍していた1960年代までは、学生と教員が哲学書を読んで物理に関する議論をしていたそうです。その後、原子力産業ができ始めてから状況が変わり、今は物理学の学生が哲学書を読むことは少なくなってきていると思います」。なるほど、この応用物理学会内の企業出展の数々を見ても、小さな哲学雑誌は業界にとってはほっくり懐かしい感じで、逆に目立ちそうである。

販売物コーナーで店番をしていたら、会社員風の女性が立ち寄り、「大学のとき哲学科でアーレントを読んでました。この学会で哲学という文字を見たのは初めてです。今は会社勤めですが、哲学科出身ということでみな面白がってくれます」とのこと。哲楽珈琲の「アーレントの一服」を手渡し、雑踏の中に消える女性の背中を見送った。応用物理学会にも社会で活躍する元哲学専攻学生がいる!

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そんなことに感動しているうちに、会場に立ち寄る人が一人二人と増え、開始時間前に席はほぼ満席に。

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この日のテーマは「参加を促す情報とは?」ということで、哲学雑誌の編集者として、また、大学に所属する広報担当者として、日頃感じている3つの壁についてお話した。

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3つの壁とは、(1)発信側と受信側の知識や関心の違いによる壁、(2)予算や流通の壁、そして(3)メディアの壁である。日頃これらの壁にどう対処しているかというと、(1)の知識と関心の違いの壁については、広めたい領域に興味を持ちそうな近隣領域を意識しながら種類を増やし、成功例を積み重ねていくこと。(2)の予算や流通の壁については、集まる人の属性が異なるイベントを同じ学内で開催して、それらのイベントで広報物を配布すること。(3)のメディアの壁については、どんな分野でも研究者による記者会見にはできるだけ参加して、記者の知り合いを増やしておくこと。

こうしたことで、通常業務内での対処法が大体見えてきたら、次へのステップとして、応用物理学会のような学会内でもできることはありそうだ。例えば、メディア向けのブリーフィングセッションを作ること。これまでの学会内での蓄積や新発見の要約、新しく発見された元素についてのエピソード、ノーベル賞受賞者の研究内容、その他社会的に関心が高まっているテーマでの基礎的なレクチャーなどがあると、科学記者にとって有益なはずだ。また、放射線物理と関わるテーマでは、セシウム134と137の違いや、放射線計量単位である「マイクロシーベルト」と「ミリシーベルト」の意味をわかりやすく説明するセッションがあると、専門外の研究者や一般の市民にも開かれた場になりうる。

以上のような内容をお届けしたところで、フロアからもいくつかの質問が上がった。

Q:内容に興味がある人とない人の参加割合はどのくらいか?
A:イベントを開催した場合、大体8:2ぐらい。一回の割合はそれぐらいでも、例えば50人規模のイベント開催を続けることで、もともとその分野の内容に関心がなかった人に毎回10人ずつ情報を届けることができるので、続けることが大事。

Q:応用物理学における周辺領域は何が考えられるか?
A:学問領域でいえば、数学・哲学・工学も入ってくるはずで、一般的な人々の関心事でいえば、SFや映画、パズルやゲーム、音響システムなども入りそう。

Q:広報にかける予算はどのように確保しているのか?
A:自社商品の場合は宣伝予算。組織の場合は、組織の広報予算を交渉して使わせてもらうことになり、その場合は、できれば成功例のデータを企画にまとめて、上司にやる気をアピールすることが肝心(ジュンク堂書店新潟店で開催するサイエンスカフェにいがたの場合は、同書店からの会場提供の協力や他機関と広報などの連携をもとに行っている。各地で学会の公開イベントを開催する場合は、子どもゆめ基金などの助成金申請を行うこともある)。

Q:Twitterでの告知時の注意点は?
A:組織の公式アカウントを運用するときには、イベント開催時の基本情報とイメージ画像を入れるとすぐに字数に達するので、ゲストの魅力などをなるべくわかりやすくコンパクトにまとめるようにしている。Twitterの利用人口が増える時間帯を狙うのも一般的。また、プレスリリースやニュースの見出しを見て自分がクリックしたいと思う書き方を覚えておくと勉強になる。

Q:哲楽というロゴに込められた思いは?
A:哲楽は、西千葉の古本屋さん「ムーンライトブックストア」店主の命名。哲学する楽しみを届けたい、哲学が好きな人が身近な友人や家族と共有できる素材を提供したいという思いで続けている。

 

実践的な問いかけが多く、専門的な内容をどう広報できるのか、参加してくださった方々の関心の高さが伺えた。

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最後に、小さな哲学雑誌の編集者が応用物理学会で話すという貴重な機会を実現してくださったのは、スポンサーのはやのん理系漫画制作室に加え、サイエンスカフェにいがた日刊工業コミュニケーションズ、応用物理学会秋季学術講演会2016秋とJSAP EXPO Autumun 2016の各事務局の皆様のご尽力による。イベント中の写真はサイエンスカフェにいがた本間善夫さんにご提供いただいた。

各学術団体が広報に関する様々な実践の蓄積を残していければ、研究業界全体がもっと開かれた場になるはずだ。前日の打ち合わせでは、司会役の小林良彦さんが歴代物理学者の魅力を語ってくださったので、引き続き、物理学者と哲学者がコラボレーションできる機会も探っていけますように!