手話の哲学入門〈3〉

2017年7月24日

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田中さをり
障害児教育、 哲学、情報科学を学ぶ。情報科学分野で手話の韻律情報の研究に従事し、千葉大学にて2008年に博士(学術)を取得。現在、ウェブ制作、編集、プログラム開発などに従事しながら、学術広報活動を続けている。ウェブアプリ「旅手話」(tabisyuwa.com)、インタビュー本『哲学者に会いにゆこう』『哲学者に会いにゆこう2』(ナカニシヤ出版)がある。

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前回のお話はこちらから 手話の哲学入門〈2〉

 

魂・声・啞者をめぐるアリストテレス解釈

前回は、手話-口話法のジレンマと、聞こえない人たちのアイデンティティの問題について見てきた。その際に、「「手話-口話論争」は、アリストテレスをことの始まりとして、各地の神学者・哲学者・教育学者・心理学者などを巻き込み、一種のジレンマとしても引き継がれてきた」と書いた。現代でも、特に英語圏で聾教育や手話の問題が論じられるとき、アリストテレスには多種多様な仕方で言及されることがある。以下に3つの例を挙げよう。

 

アリストテレスは、

(1)「耳が聞こえない者は教育不可能であるとした」

(2)「聾教育に関しては何も直接的なことを言っていない」

(3)「聾児が長年教育の対象とされてこなかったことに対する不当な責任を負わされた」[1]

 

今回は、アリストテレスが実際に書き残したことを追いながら、何がこうした多様な解釈をもたらしているのかを考えていきたい。

 

アリストテレスと聾者

アリストテレス(前384年〜前322)は、その師プラトン(前427年〜前347年)と並んで、現代に至るまでその著作が引用され続け、議論されてきた哲学者だ。哲学だけでなく、動物学や天文学などの自然科学に関わる著作も多いことから、「万学の祖」と呼ばれている。その多岐にわたる著作群の中でも、身体障害や聾者と接点をもつ点は、「動物の分類」、「能力と欠如という概念」、「魂とは何か」という関連する3つのテーマでの議論に残されている。ここでは、19世紀に活躍した聾者知識人のフェルディナン・ベルティエのエッセー[2]より、ベルティエが参照したアリストテレスの文献から該当箇所を抜き出してみよう。文脈がわかりやすいよう、元のテキストからできる限り長めに引用する。

1.「胎生四足の動物は、それぞれ違った声を出すが、言葉のあるものはなくて、これはヒトに特有なものである。すなわち、言葉にあるものには、声にもあるが、声があるからといって、必ずしも言葉があるとは限らないのである。また、生まれつきの聾者は、みな啞者でもある」『動物誌』第4巻第9章 536bより(島崎三郎訳, p.191, 岩波文庫, 1998年)

2. 「目の見えぬということは一つの欠如であるが、どの年齢においてもそれが盲目であるわけではなく、本性上視力を所有すべき年齢にありながらそれを所有しない場合が盲目である。同じようにしてまた欠如とは、あるものが本性上それを所有すべき条件や関係や状態にありながら、それを所有しない場合である」『形而上学』第5巻第22章「欠如について」より(岩崎勉訳, pp.252-253, 講談社学術文庫, 1994年)

3. 「けだし人が知覚することなしには、事物は冷たくも暖かくも甘くもなく、一般にいかなる感覚されるものもないわけであろう。それゆえ前述のように主張する人々においてはプロタゴラスの説を主張することになるのである。しかもさらに何人も、知覚せず現実的に活動していない限りは、感覚をすら持たないことになる。それゆえ、もしも盲目とは、生来視力ありかつ視力あるべき時期にありかつなお生存していながら、視力を持たぬことであるとすれば、同一人が一日の中に幾度も盲目となるわけであり、また同じく聾者ともなるわけである」『形而上学』第9巻第3章「能力について」より(岩崎勉訳, pp.390-391, 講談社学術文庫, 1994年)

4.「声は有魂のものの一種の音である。なぜなら無魂のものはどれも声を出さない、しかし同様性によって声を出すと言われる、例えば笛やリュラ琴やその他の無魂のもののうちで音量や音程や音声津をもっている限りのものが、皆そうである。(中略)発声はよく〔生きることの〕ために備わっているのである、こういうようにまた気息も内部の熱のために使用する、それは〔生存に〕必要欠く可ざるものであるからである(しかしその原因は他のところで述べられるであろう)、それからまた善く生きることが存するように、声のためにも使用するのである。しかし喉は呼吸のための道具である。そしてこの部分がそれのために存するところのそれは肺である。何故ならこの肺の部分によって陸棲動物は他の動物どもより多くの熱をもつからである。しかしまた呼吸を必要とするのは他の何よりもまず心臓周囲の場所である。それゆえ空気は呼吸されると、内部へ入っていかなければならない。したがってこれら〔肺と心臓〕の部分における霊魂によって動かされて吸い込まれた空気がいわゆる気管を打つと、その打撃がすなわち声だということになる(というのはわれわれが先に言ったように〔420b11-14〕、動物のすべての音が声であるのではなくて──というのは舌をもってさえも音を出すこともできるのだから──むしろ打つものが有魂のものであって、そして何か表象をもっているものでなければならない──何故なら実際声は意味をもった或る音なのだから)。また声は、喉のように、呼吸された空気のたんなる運動ではない。むしろ有魂のものはこの吸いこまれた空気を以って気管の中にある空気を気管に打ちつけるのである」『霊魂論』第2巻第8章420b-421a より(『アリストテレス全集6』山本光雄訳67-69, 〔〕内は訳者による補足)

ベルティエのエッセーには参照されていないが、もう一箇所、「魂とは何か」というテーマで関連する箇所を挙げておく。

5. 「・・・視覚はそれだけとってみれば〔生活の〕必要さにおいては一段とすぐれたものである。だが理智の〔発達の〕ため、またそれに付随する結果からすれば、聴覚は音の差異だけしか告げ知らせないのであって、それが声〔すなわち有節音〕の差異をも知らせるのは少数の動物においてである。して付帯的〔間接的〕にではあるが聴覚は叡智〔の発達〕に対してはもっとも大きな役割を勤める、というのは言論というものは聴かれるものであって、それは学知の原因となるものだからである。もっともそれは直接的に〔それだけで〕ではなくして間接的に〔付帯する結果において〕ではあるが。というのは言論は単語から構成されており、単語の各々は符号だからである。この故にまた生まれながらにしてどちらかの感覚を欠いている者のうち、盲の方が聾啞者より一層叡知的なわけである」『感覚と感覚されるものについて』437aより(『アリストテレス全集6 自然学小論集』副島民雄訳183-154, 岩波書店, 1968年)

以上が、身体障害と聾者に関するアリストテレスの記述である。ここで、最初に紹介した聾教育の文脈で語られるアリストテレス解釈の3つの事例を再度確認してみよう。

 

アリストテレスは、

(1)「耳が聞こえない者は無分別で教育不可能であるとした」

(2)「聾教育に関しては何も直接的なことを言っていない」

(3)「聾児が教育の対象とされてこなかったことに対する不当な責任を負わされてきた」

 

上記テキストを日本語の翻訳で確認する限り、聾教育についての直接的な記述は見られず、「アリストテレスは聾者を教育不能とした」とまでは言い切れないようにも思える。したがって、(1)は間違いで、(2)が正しく、(3)もおそらく正しいのかもしれない。しかし、そもそもこうした多様な解釈が生まれた要因は、アリストテレスが構築した生物の分類体系の中に潜んでいるようにも思える。ここからは、アリストテレスの議論の背景を追ってみよう。

 

魂と身体の関係

引用の4と5は、アリストテレスが「魂」の特徴を論じる文脈で語られている。「魂」や「心」と日本語で訳されるギリシア語のψυχή(プシュケー)は、生物を無生物から分けるような生命の働きを説明する原理としてアリストテレスが捉えたもので、『霊魂論』の主要なテーマとなっている。歴史上最初期の生命論と言われているこの著作のコンセプトは、『動物誌』や『形而上学』からの引用、すなわち1〜3の箇所ともつながっている。

アリストテレスは、人間が魂をもって生きているということは、感覚や器官をもつ身体のさまざまな働きにおいて実現していることだと考えた。その魂について、アリストテレスの同時代の人々は、「理性」・「感覚」・「場所の運動と静止」・「栄養による衰弱や成長」といったように多様な意味で語ってきた。こうした能力の「原理」として魂を捉えることで、魂に対する人々の常識的理解を取り込みながら、アリストテレスの『霊魂論』は展開している。

ここで鍵となっているのが、能力が潜んでいる状態の「可能態(デュナミス)」と、能力が発揮されている活動状態の「現実態(エネルゲイア)」という、二つの区分である。この区分を使って、身体にそなわる能力(=可能態)と発揮されている活動(=現実態)の合成を魂と捉えることで、「魂は身体とは独立のもの」というプラトンの説に変わる説明方式をアリストテレスは構築していった。そして、この議論を補強するために、聴覚や視覚という感覚を欠いた人間の事例として、聾者や盲者が引き合いにだされているわけである。

 

アリストテレスの本質主義

アリストテレスのこうした議論は、後の時代の哲学にさまざまな形で影響を与えてきたが、障害論に関係する文脈では、経済学者アマルティア・センの潜在能力の平等論に影響を与えている。これは、社会の中で富や財の再分配をするときに、人々の間で比較可能な潜在能力のセットをその指標として決めようとする議論だ。これにはあまりにアリストテレス主義的だという批判がある。アリストテレスの影響を受けたセンの平等論は、強健主義的で本質主義的でパターナリスティックである(要するに、病や障害と無縁の、賢く強靭な肉体をもった人が、人間一般の能力を上から目線で勝手に決めてしまうのはおこがましい)という批判に加え、知的障害などの一部の障害を平等論の対象から除外せざるを得ないという問題を抱えている[3]

しかし、今回の聾者の知性に関する文脈では、こうした本質主義の問題とやや別のところで、解釈の混乱をもたらしているように思う。

 

啞者とは何者か

アリストテレスは『動物誌』で「生まれつきの聾者は、みな啞者でもある」と述べている。ここでは、アリストテレスが考えた動物の分類体系から、その論理的帰結として「啞者」を解釈することそのものが問題になっているように思われる。

この「啞者」を解釈するため、別の箇所の記述を見てみよう。『霊魂論』での見解は、「実体は無魂と有魂のものとに分けられ、有魂のものに声があり、中でも動物は音を発しているだけだが、ヒトは魂によって動かされて吸い込まれた空気が気管を打ちつけ、意味のある声をだすことができる」とまとめられる。さらに、『感覚と感覚されるものについて』では、言論が声によって聴かれるものであるために、「盲の方が聾啞者より一層叡知的」だとされている。こうした声にもとづく動物の分類と、視覚と聴覚の機能を欠いているヒトの間での知性の程度に関する評価から、「啞者」の特性をアリストテレスがどう考えていたのかを推測することはできる。

ただ、特定することは難しい。魂と呼吸と声と言葉を結びつけ、分節化され表象を持った声が聴覚を介して言論として他者に伝わることでその人間の叡智が発達するという言語観において、アリストテレスのいう「啞者」とは、言語を発声できない者なのか、言語を理解できない者なのか、無分別な者なのか、叡智の発達の程度が相対的に低い者なのか、解釈しうる特性に幅があるからだ。

「啞者」と訳されているギリシア語のἐνεός (エネオス)には、「言語を発声できない(speechless)」という意味だけでなく、「分別のない(senseless)」という意味がある。この無分別という辞書的な意味と、聾者に対するアリストテレスの他の記述との整合性から、アリストテレス解釈の一つ目、(1)「耳が聞こえない者は教育不可能である」という見方が生まれたように思える。

一方で、(2)「聾教育に関しては何も直接的なことを言っていない」のは、上記の記述を見る限り確かにそうなので、アリストテレスは「ヒトの中には啞者のように声を出さない者もいる」という例外を述べただけなのかもしれないし、これは聾教育の手法が開発されていなかった当時の社会的な制約上、仕方がなかったということはできる。さらに、(3)「聾児が教育の対象とされてこなかったことに対する不当な責任を負わされてきた」ことも、その後の歴史を見れば、確かにそうなのかもしれない。

しかし、アリストテレスによる魂の働きを基にした生物体系に、「啞者」を入れようとすると、それがどういう個別的な特性をもった存在者であっても、体系そのものに歪みが生じてしまうことも確かだ。つまり、「啞者」が声を出さない者だとすると、声を元に動物と人間を分けたことが怪しくなるし、「啞者」が言葉を理解できない者、あるいは無分別な者だとすると、人間一般の能力に知性を含めたことが怪しくなる。こうなると、あって然るべき能力が欠けているという「欠如」の論理を持ち出さざるを得ないのだが、例外が増えると、動物と人間の種としての境界が揺らぐ。こうして、アリストテレスのいう「啞者」の存在による生物体系全体の不安定さが、聾者の知性をめぐる多様な解釈を生んでいると言える。

 

人々の信念を変える

実際、アリストテレス以降、声以外でも言論を伝えられるということが社会に広く認められるのは容易なことではなかった。啓蒙の時代を経て、18世紀になってようやく聾教育が始まったので、聾者が教育の対象になるまでには、長い年月を要した。そして、先に触れた19世紀に活躍した聾者知識人、ベルティエは、明確にアリストテレスを批判している。

さて、時代は21世紀に入った。最近の日本の研究では、視覚を介した手話や、触覚を介した指点字により、人々の間でリアルタイムな記号のやりとりが行われていることがわかってきた。さらには、こうしたやりとりの中に含まれる韻律の機能も解明されつつある[4]。韻律の特性を、音声(聴覚)と手話(視覚)と指点字(触覚)で比較することで、情報を受け取る感覚器官(メディア)の違いを超えて、言語の特性とは何なのかを解明する研究が進められている。

今、課題になっているのは、声だけが人々の聴覚を介して言論を伝えることができるという広く浸透した人々の信念を変えていくことであろう。アリストテレスが構築した声と魂を基準にした生物体系のもつ歪みは、現代の人々がもつ信念とも確実に通じている。アリストテレスのせいにばかりはしてはいられない。

 

■ 今回のテーマに関連する本

アリストテレスの『霊魂論』を最新の翻訳で読む(これまで「魂」と訳されてきたプシュケーが、本書では「心」と訳されている)
桑子敏雄 訳『心とは何か』

アリストテレスの入門書を文庫で読む
山口 義久『アリストテレス入門』

音声と手話と指点字の韻律構造がもつ機能を知る
市川 熹  『人と人をつなぐ声・手話・指点字』

 

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手話の哲学入門〈2〉

手話の哲学入門〈1〉


[1] 一つ目の解釈は、現代でもいたるところで見られるが、これを広めたのはカナダの聾教育のパイオニア、McGann(1888)であると考えられる。McGannは、“聴覚が知性と知識に最も寄与する感覚であるため、聾者に知的な教育は不可能”とアリストテレスは述べたとの解説を紹介した(McGann, J. B. 1888. The deaf mute schools of Canada: A history of their development with an account of the deaf mute institutions of the Dominion, and a description of all known finger and sign alphabets. Toronto: C. J. Howe)。二つ目の解釈は、ギリシアの聾教育学者Lampropoulou(1994)の見解である(Lampropoulou, Venetta. 1994.The History of Deaf Education in Greece, in “The Deaf Way: Perspectives from the International Conference on Deaf Culture”, Gallaudet University Press, p.239)。最後の見解は、アメリカにある聴覚障害の研究機関ボルタ・ビューロで局長を勤めたDeLand(1931)のもので、「アリストテレスはその後2000年の間、聾者が社会の埒外におかれることになった責任を負わされてきた」としている(DeLand, Fred 1931. The History of Lip-Reading: Its Genesis and Development, The Volta Bureau, pp.2-3)。

[2] 「ろう者──ド・レペ神父以前以後」。フェルディナン・ベルティエ(1803-1886) は、先天聾としてフランスに生まれ、国立聾学院(1760年に創立された世界最初の聾学校)を卒業後すぐ同学院の教員となり、後に教授として数々の著作を残した。そのエッセー“Les sourds-muets, avant et depuis l’abbé de l’Épée” (Paris : Ledoyen, 1840)の原典はリンク先より読める。邦訳は、「ろう者──ド・レペ神父以前以後」として『聾の経験 18世紀における手話の発見』(ハーランレイン著、石村多門訳、東京電気大学出版局、2000年)に収録されている。

[3] 詳しくは拙論「障害と道徳―身体環境への配慮―」(2012年、千葉大学大学院修士論文)を参照されたい。

[4] 市川 熹『人と人をつなぐ声・手話・指点字』 2001年、 岩波書店。