その2:ビジネススクールとロースクールでの教育

2010年11月22日

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小林 正弥(こばやし・まさや)
千葉大学法経学部法学科教授。東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、千葉大学法経学部助手・助教授を経て、2003年から現職。NHK「ハーバード白熱教室」の解説者。

今回は、ハーバード・レポートその2としまして、サンデル教授に関してビジネススクールでの会合とロースクールでのゼミ

  • Q1 ビジネススクールでの会議の様子について(0:35)
  • Q2 日本のビジネスマンへの影響とハーバードのビジネス・スクールの先生への影響の相違について(4:06)
  • Q3 アメリカにおける企業の社会的責任の考え方について(5:47)
  • Q4 ハーバード大学ビジネス・スクールにおける動きと日本の「企業倫理」の相違について(7:30)
  • Q5 ロー・スクールでの院生向けゼミの印象について(11:47)
    *ただし実際の応答は,ビジネス・スクールの感想についての続き
  • Q6 ロー・スクールでの院生向けゼミの印象について(20:21)
  • Q7 ゼミで取り上げられていた事例について(24:41)
  • Q8 ゼミに出席していた学生の政治哲学の理解について(27:54)
  • Q9 サンデル教授の人柄について(30:00)
  • Q10 日本の哲学者が参考にするところはあるか(33:44)

書き起こしテキスト

(田中)
哲学の生態に迫るウェブマガジン『フィロソフィー・ズー』哲学ラジオのコーナーを担
当します田中紗織です。

前回までサンデル教授のJusuticeに関するレポートをお届けしてきました。今回は、ハー
バード・レポートその2としまして、ビジネス・スクールとロー・スクールでのサンデ
ル教授の活動についてお届けします。それではさっそくいってみましょう。

ここまでサンデル先生の教育の現場に対する報告をしてきたわけなんですが、つぎに参
加した会議というのが、ビジネススクールの教職員の先生方が主催している会議にサン
デル先生が意見を求められてお話なさったという会議だったのです。そちらのほうに小
林先生がご出席なされていましたので、様子をおうかがいしたいと思います。お願いし
ます。

(小林)
はい。これも今日、突然、教授が「出席しますか」ということで喜んで行ったんです。
行ってみたところ非常に面白かったですね。ビジネス・スクールという別の場所でやっ
ていて、したがってカリキュラムなどもハーバード大学のサンデル教授が属している
Department of Politics, Govenmentなどとは違う教育のシステムで作っている。これは
いわゆるオーソドックスな経済学ではなく、ビジネス・スクールなので、実務志向の強
いコースであるわけですね。そして先生方も、数学的な理論を展開している先生方とい
うわけではなくて、実際の実務を経験されてそれをビジネス・スクールで教えるという
方々が多い。今回出たのは、”Leadership and and Accountability”というようなタイト
ルのコースを構成している先生方のミーティングなんですね。このコースでは、かなり
の時間をかけて内容を発展させてきているということですけれど、その発展の仕方がこ
のEthicsの問題と関わってきているので、これについてサンデル教授の意見を聞いて、
自分たちの議論、レクチャーの仕方を発展させていきたいと。

それについてはまたあとでちょっと話したいと思います。思ったのは、このサンデル教
授の講義が放映されたのが去年ということで、今年また再放送しているようですけれど、
他分野の先生方の教育にもやはりインパクトを及ぼしはじめている。日本におけるサン
デル教授のインパクトというのはわれわれよく分かっているわけですけれど、本国のア
メリカでどうなのかということは必ずしもよく分かっていなかったんです。これを見る
とハーバード内部でもやはりサンデル教授の新しいティーチング・スタイルというもの
に非常に関心をもっている。それを自分たちのところへ導入してみようという考え方で
すね。あるいはティーチング・スタイルだけではなくて、Justiceの中身ですね。これを
自分たちの講義に取り入れていこうという関心が深いことも分かって、その意味でも非
常に興味深かったです。

私が行く途中、サンデル教授の車のなかで教授に「やっぱりこのJusticeの講義スタイル
というのがハーバードのほかの部局にも広がりつつあるということを意味するのか」と
いうふうに尋ねたところ、サンデル教授は「自分としてはoverstatementはしたくない」
というふうに言っておられて(笑)。私が、「でもビジネス・スクールの先生方はふだ
んサンデル教授はほとんど接触なかったと思うのですけれど、行くというのはすくなく
ともその先生方がサンデル先生の講義内容やスタイルに関心を持っているということで
はないですか」と聞いたのですけれど、「それは間違いないだろうね」(笑)。こうい
う形で講義室に入っていったわけです。

講義室では、ふだん知り合いの先生方があったというわけではなく、サンデル教授とほ
とんど会ったのはじめてという先生が大多数だったような感じ。サンデル教授は私のこ
とをはじめにちょっとイントロダクションしてくださって、それぞれのメンバーが「自
分はこういうことをしているひとです」という感じでサンデル教授に尋ねるというとこ
ろからスタートしました。

(田中)
はい、ありがとうございます。日本でもサンデル先生の本というのはビジネスマンにた
いへん人気があるということで、たとえばビジネスマン向けの週刊誌である『東洋経済』
ですとか、ほかのさまざまな週刊誌でも特集が組まれたりしているわけです。そういっ
た日本での影響、ビジネスマンに対する影響力の強さというものと、ハーバードの実際
の経営者を育てている教職員のみなさんに対する影響の与え方というのは何か重なると
ころがあったんでしょうか。

(小林)
そうですね。これも終わったあと教授とお話したことなんですけど、私がインタビュー
を受けたなかで、ある程度学問的な関心を持ちそうなところからインタビューがあるの
は分かるんですけれど、ビジネス誌からのインタビューというのがはじめは非常に驚い
て。『エコノミスト』とか『東洋経済』からインタビューを受けて、相当立派な特集が
組まれていますよね。「ビジネスのひとたちがリーマン・ショック以来の展開のなかで、
こういう倫理的な問題に関心を持っているからこうなっているんだ。実際、そういう本
も売れている」と編集部から説明を聞いたわけですけれど、アメリカでもやはり、ビジ
ネスを教えている先生方のコースのなかで、これを応用しようというふうに生まれてき
ているのは、ある意味ではパラレルな現象なんですね。やっぱりこれは、ビジネスのあ
り方について考えなおそうという大きな方向性があってこの問題が取り上げられてきた
という文脈もあるでしょう。また特集を組んでいただいたわけですけれど、日本のビジ
ネスに関するひとたちもさらにそれを継続的に発展させるという観点にも、今日のディ
スカッションの内容は非常に参考になるものを含んでいるように思いました。

(田中)
はい、ありがとうございます。日本では最近、社会企業化というような、社会に対して
より企業というものは責任を果たさなければいけないんだというような考え方が非常に
メインになりつつあるとは言えると思うんですが、アメリカの場合はそういった発想と
いうのはこれまであったんでしょうか。

(小林)
その論点は今日出ていなかったので、今日の先生方がどのように思っているかというこ
とまでは、今日のディスカッションからは分からなかったです。けれども想像するに、
これまでの従来のオーソドックスな考え方そのままではうまくいかないということはビ
ジネスを教えている側でもある。そういった問題意識自体は前からあったけれど、それ
をもっと本格的に展開しなくてはいけない、あるいは教育しなければいけない。そうい
う気持ちになっていらっしゃる先生方が今日のミーティングの中核にいらっしゃったん
だろうと思いますね。ですから社会的企業化とかそういうものは、ある意味で時代の最
先端の新しい現象という感じなんですけれど、今日のは最先端のほうを追うというより
むしろオーソドックスなビジネスのティーチングの中核に入れていこうという感じ。タ
イトルも”Leadership and Accountability”ですから、まさに企業経営者を育てるための
教育にそれを入れていこうということですよね。ですから、一方で非常に優れた先端の
経営者を作る社会的抑圧からそういうコースなどがあってもおかしくないと思いますけ
れど、ある意味でビジネスを学ぶひと全員がこれを考え方を知っていくということにな
れば、このインパクトも非常に大きいと思いますので、こういうアプローチも非常に考
慮に値するものだろうと思います。

(田中)
ありがとうございます。どうしても日本の発想だと、「企業倫理」という形でクラスを
分けて、倫理に関する専門的な知識は別個で教えようという発想が強いように思うので
すが、いまおうかがいした限りでは、全員に、普遍的に学ぶ価値があるということ。普
通の講義の「リーダーシップを養うにはどうすればいいのか」、「説明責任はどうすれ
ば果たせるのか」というような内容の授業で、サンデル先生の倫理の観点が生かされる
というのは、非常に貴重な事業が生まれていくんではないかなというような印象を受け
ました。このようなハーバードでの動きに対して、一方で参考になる点であったり、日
本独自のこれまで進めてきた企業倫理の観点と照らし合わせて、違いであるとか参考に
なる点というのはあったでしょうか。

(小林)
はい、その問題を考えるために、今日のディスカッションの内容を若干立ち入って説明
してみたいと思うんです。この講義はある程度時間をかけて熟成させてきたものだとい
うことなんです。ビジネスの経営者が決定を行う(decision making)ときにどういう考
え方をするかというさまざまな事例を挙げながら考える。そのさいに三つのフィルター
を通すんだと。一つ目がまずeconomicですね。経済的な利益の観点のフィルター。二つ
目が法的な観点のフィルター。三つ目が倫理的な観点のフィルター。この三つである
decisionについて考えるフレームワークを作ることにした。これはいま言った順序で発
展したらしくて、はじめに経済的な観点が当然あって、二つ目が法で、今度新しく
ethicalの部分を入れよう。そういう形で三つのフィルターで考えるというフレームをや
りつつある。そのなかでこのJusticeの講義を先生方がご覧になって、その議論をどうやっ
てこの講義のなかに組み入れていくかという問題を感じて、サンデル教授を招いて議論
したいということだったようですね。学生たちにちょっとしてみたところ、学生たちも
非常に倫理的な(ethical)問題に関心を示す。だからその関心を今後どのように発展さ
せて、コースとして発展させるかという、コースを担当する先生方のミーティングであっ
たかなぁというふうに思うわけですよね。

そういう意味で、日本でも当然、「経済」、「法律」ということはあるでしょうけれど、
倫理的な問題を正面からさらに組み入れてどうやってコースを発達させるかというのは
非常に大事です。それから倫理的な関心を組み込むといっても、Justiceの講義のなかで、
功利主義、リバタリアン、リベラル、さらにはコミュニタリアンというふうにいろいろ
な議論が出てきていて、あの講義をこの講義のなかに反映させていくときにさまざまな
哲学の立場についての議論になっていくわけです。おそらく担当している先生方は哲学
の専門家ではないので、それほどそういうことについて詳しいわけでもないわけですか
ら、それをどうやって展開させていこうかということをサンデル教授に尋ねる。サンデ
ル教授もはじめて呼ばれたわけですから、そもそもこの講義ではどういう内容のことを
しているのかということで、「実例をちょっと紹介してくれ」ということ。それをすこ
し先生方のほうで紹介をして、それについてどうやって教育をしていくか。そういう感
じで議論を展開していったわけです。

結論としては、サンデル教授は、もちろんそれぞれの、功利主義なりリバタリアンなり
さまざまな思想について深くひとりひとりについて細かく議論していくということもあ
りえないわけではないけれど、どちらかと言うとそういう拡散していく方向の議論より、
むしろ倫理的な問題をより深く考えるというスタイルを可能にするような講義にしたほ
うがいいのではないかというふうな話をされた。先生方としては「じゃあ、深くするた
めにはどういうやり方をしたらいいのか」という問題意識で議論を展開していった。そ
んなような内容なんですね。

(田中)
はい、ありがとうございました。ハーバードはたいへん広大な敷地なんですが、
Governmentというリサーチセンターのなかを拠点として、先生は一日でいろんなところ
の研究所に顔を出されて。また歩いている途中ででも、道行く先生方にお気軽に声をか
けていただいているという様子が見られて、先生自身のお人柄もみなさんに慕われてい
るという印象が非常に伝わってきたわけなんですが、最後にロー・スクールの院生向け
ゼミに出席したときの印象を小林先生におうかがいしたいと思います。

(小林)
そうですね。ロー・スクールのまえにちょっとビジネス・スクールの話をします。さき
ほど言ったような、深めていく方法ですね。実はこれは参考になることがあるんですね。
ビジネス・スクールの先生方が仰るのに、要するにいろんな立場がある。「自分はこう
いう立場だ」、「あなたはこういう立場だ」、これで終わり(笑)。それがありがちな
なんじゃないかということを、やってみた経験、あるいは自分の危惧として述べられて
いた。サンデル教授としては、そういう話にいろいろしながら「それはありがちなこと
だけど、スターティング・ポイントだ」ということです。結局、お互いがお互いの立場
を言って「自分のポリシーはこれね」と言って終わるのでは、あまりティーチングをし
たことの意味がない。導入するほうはそれで終わっちゃうんじゃないかと心配している
状況のなかで。それに対してそうならないんだというふうに説明していくというのが、
今日のビジネス・スクールの議論の相当部分だったんですね。

そこでどういうことを言っていたかというと、スターティング・ポイントでそういう立
場の違いがあるわけだし、結論が一致するわけではないのだけれど、ある意味でそれは
自分が一人で考えるという独我論的な方式を思わせるわけですよね。「自分はこういう
ポリシーだ」、それで終わってしまう。だけど、「middle rangeだ」というふうに仰っ
ていましたけれど、ある程度の期間、さまざまな論点について議論をしていくことによっ
て、ひとりひとりの考え方が変化をする、あるいは深まる。それによって別の立場に移っ
てしまう場合もあるし、そうでない場合であっても、ただはじめのお互いの偏見を言い
合って終わるんじゃなく、議論することによってより深くなる、高まる。ここのところ
が重要なんだと。結論が一致するという必要はないんだけれど、議論していくそのなか
で、ひとりひとりの考え方が深まって発展をしていくということがあるから、はじめに
それを言って終わりだという話ではない。そういうことですよね。

先生方のほうはたとえば、ビジネスの話なのでinterestの話になってきて。先生方のほ
うから見ると「短期的な利益と長期的な利益」というフレームで説明をしようというふ
うに考えたり、あるいは経済的な利益ではこういう結論が出てくるわけだけれど、倫理
的な問題としてはちょっと不安が残ると。たとえば、「顧客のほうにはこの点は伝えな
いでおいて、利益は確保できるんだけれど、内心後ろめたい思いが残る」とか。あるい
は事例では、drug testingの例なんかも出ていましたよね。そういう倫理的なジレンマ
をはらむようなそういう問題を取り上げて議論していく。

あまり先生方のなかで把握されていなかったようにも思うんですが、実はそういう経済
の発想は功利主義の発想に近いわけです。サンデル教授は途中で、そのことを柔らかく
説明されていましたね(笑)。そこに参加されているビジネス・スクールの先生方のな
かでも理解は浅いひとと深いひとといろいろいらっしゃるわけで、質問というか発言を
聞いていてそのへんの違いも出ているわけなんです。彼らのオーソドックスなのは経済
的な利益を考えていく。それがファースト・フレームワークですよね。私があとでサン
デル教授に冗談風に言ったんですけれど、二つ目のリーガル・フレームワークというの
はリベラル、リバタリアンのフレームワークに似ているわけだし、三つ目のエシカル・
フレームワークというのはまさにコミュニタリアンとか目的論的なフレームワークに似
てくるわけだけれど、おそらくそこまで完全に理解していないで、この三つ目のエシカ
ル・フレームワークのなかでたくさんの立場があって、困るというかどう展開しましょ
うということを尋ねられているひとが今日いた。そういう流れでサンデル教授としては、
「まさに利益の観点というのがユーティリタリアンのフレームワークにだいたい相当す
る。あるいは市場主義の考え方という点ではリバタリアンのフレームワークにも関係す
る」というような説明もされていた。ちょっと面白かったのは、いますぐ数字が自信な
いですけれど、七割くらいユーティリタリアンのフレームワークで二割くらいリバタリ
アンっていうふうに言ったかな。とにかくそんなふうな、実際、どこかで経験、調べた
かあるらしいけれど、ビジネス志向のひとたちがそういうフレームワークでものを考え
ている。それが短期的な利益で考えるのか。ビジネス・スクールのなかではもっと長期
的なものも考えなければいけないんじゃないかという考え方もある。だからこれまでは
「短期的か長期的か」という観点で議論してきたわけですよね。

そういう観点と倫理的な問題をどうする。この場合の倫理的な問題。だからサンデル教
授はあえて今日、ビジネス・スクールの先生方は「倫理的」と仰るので、さらに「内在
的な(intrinsic)倫理」というふうに説明、言葉を加えていくわけですよね。だから、
「ユーティリタリアンの倫理が倫理のひとつの発想と見ていいのか」という質問があっ
たけれど、サンデル教授の答えは「それは倫理のひとつのアスペクトとしてなら考えら
れる」。つまりサンデル教授のような倫理から見れば、功利主義のフレームワーク、あ
るいは利益だけ考えるフレームワークというのは内在的な倫理ではないわけなので、倫
理的な思考のひとつのパターンというよりもひとつのアスペクトというふうに言われる
わけですよね。でも、ビジネス・スクールのふつうの発想から見れば、それが彼らの考
える中心的な考えであるわけで、それにリーガルとかエシカルが正しく加わってくると
いう観点で見ているわけです。そのへんの捉え方には、ひとごとに広さ、深さがさまざ
まあるし、サンデル教授から見ても専門家でないひとたち相手に対してあまり高度な深
い話をいきなりするというのは難しい。それを学生のティーチングのときに意味のある
ようなアドバイスにしようという形で議論をしていて、それがサンデル教授の言われる
「深い議論」に持っていくのが大事だという説明の仕方になっていたわけですよね。で
すから、今日お話になったようなアドバイスというのは、現状のそのビジネス・スクー
ルの先生方にとってとても有意義だと私は思いますし、それはある意味ではいま全世界
的にすぐ広まってもおかしくないようなフレームであった。

ただ私自身の感想としては、その深い倫理を考えていくというときに、さまざまな事例
に対してそういう深い倫理的な観点、たとえばアリストテレス的な観点からどういう結
論が出るかということはまた相当大きなフロンティアなので、ここを開拓するというの
はまたその先に控える大きな課題かなというふうにも思いました。サンデル教授ともそ
ういう話をしながらそのあと帰ってきたという状況です。でもこれは、これまで哲学と
か政治哲学というところで議論されていたことが、Justiceの講義を通じて、ほかの領域
にも実はインパクトがあるということを経験された先生方がなんとか自分のところに導
入したいという気持ちで招いてやっていたので、これは必ずしもビジネスだけではなく
てほかの領域でもありうることだと思うんですよね。さきほどドラッグ・テストの話な
んかを、私も千葉大学のある先生からお手紙頂いて「この問題について一緒に考えてく
れないか」というようなことも言われたりして、まったく同じだなと思ったんです。
Justiceの講義が、そういった多様な領域に関してインパクトを与えているし、それを良
心的な先生方がどうやって自分のティーチングや研究に活かそうかということを一生懸
命考えつつあるなぁと。そういうのを現場で見たので、これは今後非常に期待できる大
きな潮流のひとつの現れではないか。それがハーバード内部でも現れているということ
を見聞したという点でとても貴重な機会であったというふうに思います。

(田中)
ありがとうございました。今回、ビジネス・スクールのほうにサンデル先生が出かけて
いらして、教職員の先生方にお話をされたということなんですが、今後はそのビジネス・
スクールを専攻されている学生さんたちがサンデル先生の授業に出られて、新しいタイ
プの経営者が育っていくという可能性もあるんじゃないかなということを、おうかがい
しながら感じました。そういった、政治哲学がそのまま専門ではないんですが、サンデ
ル先生の非常に広い可能性を持った対話型の講義っていうものにいろんなタイプの学生
さんたちが応用できる可能性を持ってサンデル先生の講義に出席されているわけです。
最後に出席したのがそのひとつでして、こちらはロー・スクールの院生たちに向けたゼ
ミだったんですが、こちらもまたこれまでの講義とはまた趣向が違うような印象のゼミ
だったわけなんです。そちらの印象について小林先生におうかがいしたいと思います。

(小林)
はい。さきほどちょっと言いかけたことを数字が出てきたので言っておきます。「マー
ケット志向のエコノミストの考え方は90%がユーティリタリアンである。10%がリバタリ
アンである」。これはなかなか面白いなというふうに思いましたね(笑)。まさにその
意味で経済の世界というのは、今日出た言葉ではinstrumental(道具的・手段的)です
よね。それとエシカルな考え方をどういうふうに関係づけるかというなかで、さきほど
のような問題が出てきている。サンデル教授としてはmoral reflective(道徳的な自己
省察)ができるようなリーダーを育てるために役立つんではないかという話をしていま
したね。

そのつぎの講義はセミナーなんですよ。ロー・スクールですね。法律のほうの、基本的
には大学院生中心。しかしほかの分野のひとたちも来ているというところなんですよね。
こちらも人数的に20人くらいというふうに思います。こちらは連続したセミナーの一環
なので、これまでの議論を踏まえてさらに議論を展開していく。しかも、日本でも私な
どももともと対話型のゼミでしたけど、まさに対話型のゼミそのもの。サンデル教授は
もちろん論点を提起するとか、コメントするということはするけれど、基本的にはつぎ
からつぎへと学生が言っていて、それを指名してさらに先に進めていくという感じ。司
会的な進行の部分が相当大きかったですよね。

やっぱりテーマとしてはマーケットの問題が非常に重要な問題として現れていて。その
問題についてエシカルな観点からどう考えるかというテーマを中心に話していきました。
途中のほうからサンデル教授も論点ないし事例として出していたのは、ビデオ・スター
の映像でしょうか。映像を市販で出すわけだけど、ライブラリーが全部それを収録して、
みながそれを見られるようにする。そういうようなライブラリーにしていくのは望まし
いかどうかという感じ。まさにこれ、ビデオ・スターですから、市場的な発想と、ほん
らい公共的であるべきライブラリーのあり方。この二つを比較しながら、実はいま混乱
しつつあるわけなので、それについてどう考えるかというようなことについて議論して
いた。ちょうど大学に市場主義が入ってきて、それをどう考えるかというテーマをされ
ていますけれど、今日はそれは図書館に転換をしたなという印象を持っていたわけなん
です。非常に学生さんたちがいろいろな細かな例を挙げながら、どんどんどんどん話し
ていく。講義が終わってもそれが終わらなくて、またサンデル教授のもとに来てつぎつ
ぎと話しかけてきて。サンデル教授としてもかなり議論に応じながらしかし、最後はも
う(笑)、このへんで打ち切りたいという感じでやめて行かれたという感じです。非常
に長い時間、熱のこもったディスカッションを見させていただいたなという感じがしま
す。

(田中)
こちらは私も出席させていただいきました。5:00に始まって7:00に終わる。2時間、学生
さんたちが中心になって議論をしているというようなセミナーでした。5:00に始まった
時点では学生さんたちが自分たちが持ち込んでいるノートパソコンを机の上に広げて、
それぞれ各学生さんたちが話している内容を自分でもタイプして議論の内容についてい
けるようにそれぞれが画面に向かって話をしているという感じだったんですが、最後の
ほうになるとみなさん、議論の中身そのものが白熱してきて、記録をとるのも忘れて、
もうノートブックをしまってみんなで議論を進めていく、議論を深めていくという雰囲
気に変わっていったというところが印象的でした。先生も仰っていたように、対になっ
ているアイデアというか考え方というのは、公共的な善を追求するコミュニティの集団
というものと、個人的な善を追求する市場というような集団の違い。そういうものが引
き立つような事例がつぎつぎと出されていました。先生がこの事例のなかで印象に残っ
たところはありましたでしょうか。

(小林)
さきほどのビデオ・スターとライブラリーの関係の話がいちばん印象に残っていたんで
す。まさにHarvard Universityで大学をめぐる問題が白熱したのと同じように図書館を
めぐる問題もすごく白熱をしていて。私はちょっとこのビデオ・スターに関する市場の
展開について細かいことが分からなかったので、ディスカッションの中身は技術的な部
分は完全にはフォローできなかったのです。けれどどうも聞く感じでは、ライブラリー
のなかでお金をとるというようなことがあって、それが貸し出しについてなのか遅延に
ついてなのかいろいろあるんでしょうけれど、それがある意味ではビデオ・スターのも
のなんかを入れておくと、ライブラリーとしてはお金がおそらくそこで入ってきて意味
がある。でもほんらいのライブラリーの目的は学問にあったりあるいはコミュニティの
公共的な観点にあったりするわけだから、お金がもうかることばかりライブラリーがやっ
てしまっては、ほんらいのライブラリーの役割が果たせなくなるという問題も一方では
生じてくるということですよね。だからやはりここはサンデル教授は目的というところ
に戻って考えるということを、考えていくためのひとつの例であったんだろうと思いま
す。学生さんたちもまた自分たちに身近な問題だったので、本当に白熱した議論をつぎ
つぎとやっていって、細かな論点をどんどん出して、それについてお互いが討論をする。
そういう講義であったような印象を受けましたね。

『白熱講義』っていうのがありましたけど、講義の場合はやはりあれだけの大人数なの
で、サンデル教授がある意味では当てていって、ある一定の時間のなかで終わるわけだ
けど、ゼミとなるとどんどんどんどん言いたいことが出てきて、いちおうサンデル教授
が司会をして当てているということはあるけれど、なんか止められないというような勢
いになっていく。そんな印象を持ちましたね。

(田中)
そうですね。最初にサンデル先生が学生さんたちに向かって、「きみはリベラルだね」
とか「きみはユーティリタリアン(功利主義者)だね」というようなことを言って、政
治哲学の枠組みを持ち込んで、「その考え方は政治哲学の枠組みで言うとこういう考え
方だね」ということを発言されていたので、「学生さんたちは政治哲学の素養がもとも
とある学生さんたちが多かったのかな」という印象を聞いていて思ったのですが、あと
でサンデル先生におうかがいしたところ、「実はそうでもない」ということを仰ってい
ました。そのへんのところを教えていただけますか。

(小林)
ロー・スクールでのゼミなので、むしろ法律の専門家であったり、別の分野のひとがほ
とんどですね。ですからたとえば政治哲学の専門家であれば、政治哲学者さまざまな意
見があり、そのなかに議論があるわけですから、そういう議論がいろいろと細かく出て
くるだろうと私は思うんです。けれど今日はむしろ、政治哲学の専攻外であるので、具
体的な論点について、どんどん徹底した討論を行う。ですから、『白熱教室ハーバード
講義Justice』そのものが、いろんな分野の一般教養的な意味を持つ講義なので、それを
Graduate Levelでやっているという印象を受けましたね。おそらく政治哲学専門の学生
だったら、もっと政治哲学者の名前がずらずらといろいろ出てきて、それぞれの考え方
について討論するということになっていくと思うのですけど、今日はそういうことはほ
とんどなくて、基本的にまさにサンデル教授が提起した実例に即して自分がどう考える
ということをどんどん白熱していく。ただし、学部生向けのJusticeの講義に比べて、もっ
と迫力のある議論をひとりひとりの学生が積極的に打ち出していたという感じで、ここ
はやはり院ゼミクラスのゼミであるなという印象を持ちました。その意味では、専門で
はないところで、しかし関連領域、関心はある領域なので、サンデル教授の基本的な
Justiceの概念を使いながら徹底した議論をしていく。そういうゼミであったような印象
を受けます。

(田中)
はい、ありがとうございました。今日は一日、サンデル先生のハーバードのなかでのお
仕事をいろんな場面で拝見させていただいたのですが、サンデル先生ご自身が公的な資
源というような印象を(笑)、すごく強く受けたところだったんです。ご自身が本当に
歩く図書館のように、いろんな分野の方からサンデル先生の知識を求められて、それを
惜しみなく、分かりやすく伝えられて。それをみなさんのなかで共有していこう、こう
いう知識をどんどん共有してさまざまな場面で根付かせていこうというような、そうい
う真摯で非常に誠実な態度で、そういったお人柄を感じた一日だったんです。先生もこ
ういう、大学の先生の鏡のような部分が非常に大きかったんじゃないかと思うのですが、
そのへんのところどのようにお感じになったでしょうか。

(小林)
これはもうはじめにサンデル教授にお会いしたときから、この人格のすばらしさという
のは忘れがたい印象を持っていて、それはいつも会う通りに思うわけなんです。当時は、
あくまでもアカデミックな世界で非常に優れた新進気鋭の研究者という感じで見ていた
わけですけれど、いまやこの『正義Justice』の講義が非常に大きなインパクトを持った
ので、まさにそういう人格的な優れた素質を、可能な限り使っていく、公共的な事柄の
ために奉仕していくというそういうスタンスであると思います。今日感じたのは、それ
がただ単に一般の社会に対してだけではなくて大学内でも、ほかの部局のさまざまなま
あ新しい試みについて協力をする、あるいは自分自身が講義をするというお姿に接する
ことができたように思いますね。

それはある意味でJusticeという講義が実際の社会のなかで生きていく重要な回路になっ
ていくわけなので、実際これが本来あるべきパブリックなフォロソファーの姿かなと。
実は今日聞いたなかでは、専門の講義はゼミでなかったということで、Justiceの講義で
われわれが知っている以上の概念はほとんど出てきていないんですね。それに対して
Justiceの講義の中身をフルにいろんな領域に適用して熱い議論が交わされているという
感じだったので、まさにこれはパブリック・フィロソファーとしての教育活動であった
というふうに思います。ある意味では、これが大学のなかであったり、あるいは社会の
なかにインパクトを持つ。ひとびとのさまざまなビジネスや法律ですね。今日たまたま、
ビジネス、法律のところで見たわけですけれど、それが全面的に展開をしていくという
可能性を感じたわけなので、非常に、ある意味では教授として自分のインパクトがこう
いう形で現れているということを喜びながら、可能なことを積極的にやっていこうと。
ちょうど車から降りたとき、門番のようなひとも教授に話しかけて「毎週あなたの顔を
見ています」と。放送されたのは昨年だけれど、今年おそらくそれが再放送されている
らしくて。そういう感じでハーバードのなかでも声をかけられるぐらいですから、当然
ほかのところでもあるでしょうね。日本でサンデル教授見れば、そういうひとも多いと
思うけれど、アメリカのなかでもそういう状態になりつつあるんだなということも感じ
て、非常にその意味では、私自身も可能性を感じて喜びました。

(田中)
はい、ありがとうございます。本当にハーバードという大学は、複数のさまざまな国籍
の学生さんたちが集まって、またさまざまな分野の専門家がたいへん専門的に深い議論
をしている場所でもあるんですが、その場所で、ひととひととが会話をして、会議のよ
うな場面で対話をしていくときの質を保証するために、哲学で受け継がれている知識で
あったり、実践的なスキルであったりというものが、何か期待をされて、そこに果たす
べき責任というものがあるんではないか。今日一日、サンデル先生のお姿を拝見してい
て、まさにそういった責任を果たされているんだなということを感じました。日本の哲
学のあり方であったり、哲学者の仕事であるとか、そういうところにも非常に参考にな
るところがあったんではないかと思うのですが、そのへんはいかがでしょうか。

(小林)
そうですね。拙いながら私もいろいろなインタビューに答えたり、さまざまな要請に協
力をしつつあるわけですけれど、まさにサンデル教授自身も、それを本家本元でいろい
ろ精力的に展開をされている。ですからこれは、われわれだけではなくて、たとえばチュー
ターをしているひとたちも、そういう姿を見て自分自身もティーチングに参加している
わけですよね。彼らもおそらくそういうような役割の一環を担っていくことが可能だと
思いますね。やっぱり遠くで議論を聞いて理解しているというレベルと、実際ディスカッ
ションに参加をして学生たちを教えていくというレベルでは内容の理解の深さは違うん
ですね。私も、さきほどのビジネス・スクールの先生方からのディスカッションが終わっ
たあと、サンデル教授に、「場合によってはそのディスカッション・グループのほうに、
Ph. D. student、教えているチューターのひとたちを送ってアドバイスさせるとか、教
えさせるとか、そういうことをしたらどうか」と言ったら、サンデル教授は「それも考
えられる」というふうに言ってらっしゃいましたよね。おそらく教授一人ですべてのこ
とをやり尽くすのは時間的に無理で、今回もぎりぎりやってらっしゃる感じですし、ほ
かにも日本や韓国からいろんなインタビューとかひっきりなしに入ってくる状況で、常
人でないような活動をされているなぁと思います。そういったティーチング・スタッフ
なども、そういう活動に加わっていくことによって、これがもっと幅広いさまざまな多
面的な展開につながっていくのではないかというふうに思ったので、日本でもなるべく
そういうような動きを活発にさせていきたいなというふうに私自身も思います。

(田中)
ありがとうございます。本当に、大学そのものが果たすべき役割であるとか、大学の教
員が果たすべき役割、あるいは哲学者が果たすべき役割、いろんな役割の模範となるよ
うなものを今日一日で拝見したように思います。本当に今日は、先生、貴重な機会をご
一緒させていただきましてありがとうございました。

(小林)
どうもありがとうございました。

(田中)
ここまでビジネス・スクールとロー・スクールでのサンデル教授の活動についてお届け
してきました。次回は、対話型講義に関する小林教授からサンデル教授へのインタビュー
報告についてお届けします。引き続き、お付き合い下さい。では、また。