パンクハードコアの楽しみ方

2016年7月30日

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2016年6月4日、ムーンライトブックストア佐倉店で哲楽公開インタビュー「風間コレヒコさんに会いにゆこう」が開催されました。風間コレヒコさん流のパンクハードコアの楽しみ方について、当日の記録をもとに加筆・編集の上、お届けします。

今回の公開収録のためにご協力頂いたLess than TVの谷ぐち順さん、「U.G Man」、「VELOCITYUT」、「CARRE」、「人間」の皆さんに感謝申し上げます。御陰様で当日は大変な盛り上がりでした。

インタビュー音源全体の配信は楽曲の著作権の関係で実現できなかったのですが、個別の楽曲はYoutubeやプレイヤーから再生できるようにしましたので、ぜひお聴き下さい。

なお、当日の記録を加筆するにあたって、収録後の質疑応答での内容を参考にさせて頂きました。イベントにおいで頂いた皆さん、どうもありがとうございました!

ラジオブースの中にいる風間コレヒコと田中さをり

Photo: あyosuke Murai

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インタビュー

——この番組はナカニシヤ出版デザインビスプロジェクトムーンライトブックストア、哲楽の提供でお送りします。みなさんこんにちは、哲楽編集人の田中です。「哲学者に会いにゆこう」という本の出版記念イベントで、千葉県佐倉市にあります、新町PlusPlusから、お届けしております。ここは、元々薬局だったスペースを利用して、デザイン事務所と古本屋さんが合体した、大変ユニークなお店です。デザインの相談や古本の買い取りもしているということです。それで今私も、かつて劇薬が保管されていた調剤室からお話しているんですが、とっても居心地がいいです。ガラス越しに今日このお店に来られた方々を前にして、この「劇薬ラジヲ」をこれから1時間ほどお届けして参ります。さて、この冒頭のBGMは、Body & Nobodyという曲ですが、この曲を作って頂いたご本人をゲストにお招きしております。風間コレヒコさんです。

 

風間:どうも~。

 

——最初に佐倉のこの街のことをご案内します。ここは江戸時代に城下町として栄えた歴史のある場所で、蘭方医(江戸時代に長崎に伝わったオランダ流の医学)の佐藤泰然により、日本初の私立病院である佐倉順天堂が開かれた地でもあります。今年の4月には、佐倉市が、千葉県の他の3市とともに、「日本遺産」として文化庁から認定されました。江戸時代の町並みや風景が残る場所として、クラッシックカーパレードなどさまざまなイベントが開催されています。今ご参加頂いている皆さんにはあとで「哲学者に会いにゆこう」をゆっくり読んで頂きたいのですが、この本にも登場する風間さんはとても多彩な活動をされておられます。哲学と、音楽と、そして介助と。それで、今日は最初に声の友情出演があります。風間さんの所属している「デラシネ」というバンドのCDのレーベルであります、「Less than TV」。そちらの代表の谷ぐち順さんに、今日のために声の友情出演をお願いしまして、事前にお話を伺ってきました。こちらをまずはお届けします。風間さんも一緒にぜひ聞いてください。

 

 「パンクス」って言ったりすると思うんですけど、パンクスって言ってもいろいろあると思うんですよね。パンクファッションをしている人をパンクスとか。生き方だと思うんですよね。パンクの生き方。それを選択させてくれた。それには衝動的な音みたいな、自分を解放してくれるぐらいの何かわからないもの。考えつかないようなショッキングな音っていうのが絶対ないとそこに入っていけないのかなと思ったんですよね。パンクってやっぱり、ひとつ、ローカルパンクシーンっていうのがあって。そこの土地の音とかシーンとかが。そういうのも魅力のひとつなんですよね。というのは例えばローカルパンクシーンみたいな感じで、聞いた話しなんですけど、例えばイギリスのそこらへんのシーンの奴らは郵便局関係の仕事をしているとか、ニューヨークはタクシーの運転手をしているとか。タクシーに乗ったら何ていうバンドのアイツだったとか。噂で聞いて。まぁそうだろうなって思って。仕事なんてまともにできない連中がやっぱり合う仕事をその土地で皆で紹介してやっているじゃないですかね。
 バンド活動していく上で、ツアーですとか、仕事休まなきゃいけないとか、そういうようなこともあって仕事場に理解がなくちゃいけない、そういうのに融通がきくのが前提であると思うんですけど。あと仲間がいっぱいいれば、サポートし合えるっていうのもあるじゃなですか。「ツアー行くんですよね」って言われて、「そうなんだ、そこ入れるから俺入るよ」って、そういうのもいいっすよね。「日本のパンクハードコアのやつらが介助やってるやつがやたら多いぞ」みたいなね。そういうのがあったらいいなって思って。介助って仕事は特殊だから。音楽をやっている、パンクハードコア好きな連中が(介助に)なんで合うんだろうって、そういうような話になる。自分でもよくわからないんすけど、何なんですかね。コレちゃんのインタビュー見てても、なるほどその通りって思うんけど、俺はとにかく感覚的に介助が好きなんで、理由がさほどないんですよね。あと脳性麻痺の人が好きとか、知的に障害がある人が好きとか、自閉の方が好きとか、最近もうただそれだけですよ。コレちゃんなんて、伝説のヘルパーって言われてるんすよ。
 やっぱり最高の介助者なんですよ。最高の介助者っていうか……。ずっと「介助とは」とか、介助受ける方と介助する方の関係とか、障害をもって生きてきた人とそうでない人がどこまで共感しながら関わっていくのかとか。当事者の方がやりたいことを実現していくうえで、いろいろな距離関係というか、そういったものもあるだろうし。結構そういうものを常にずっと考えつついかなきゃいけないもんだと思うんですよね。そこの追求を止めては俺いけないと思うし。これから先、障害をもった方とのあいだでどういった世界が広がっていくのか全くわからないですけど、それをストイックに続けているから、「良い介助者」なんですよね。端から見てもそんなふうに見えないですよ。遅刻してきたときに、「すいませ~ん」って言ってその人の寝てる布団に入っていくみたいなんですよ。その人が超喜ぶみたいな。
 コレちゃんの研修って最高なんですよ。技術的なこととか、介助とはとかいう定番じゃなくて、その人に合った一番ポイントのところを、的確に、「誰々さんはこういう人なんでこういう場合があるんですけど、この場合だけはこういうふうにした方がいいと思うんですよね」ってものすげぇ的確なんですよ。そしたら全体がイメージしやすいんすよ。ああ、こういうことかな、みたいな。じゃあこの場合はこうかな、みたいな。やっぱりそこら辺が、センスがあるんでしょうね。介助のセンスっていうか。なんていうのかな、わかんないけど。でもそれも突き詰めて考えてるからだと思いますよ。だからやっぱりそれを人に伝えられるんじゃないですか、的確に。そんな人から介助受けてたら最高ですよね。だから伝説なんじゃないですかね。
 その人は、よく言ってますよ。「風間がいたから、俺、今生きてる」みたいな、「命の恩人だ」って言ってますよ。最悪なときにもずっと支えてたから、まぁそうも思うんじゃないっすかね。だからやっぱ、追求していってるからじゃないすかね。常に。その姿勢を忘れないということが、全てに共通してるんじゃないんすか。だから、生き方を選んで、自分の人生なんて大したもんじゃないけど、でもそれをすべてかけてやる価値のあるっていうか、そんだけの面白いものっていうか。しかも、少しでも新しいスタイルを切り開いて行きたいなと思って、みんなやるんじゃないすかね。だから面白いんじゃないんすかね。

 

——ありがとうございます。大丈夫ですか? 今日事前にハンカチ用意した方がいいんじゃないかと言っていたんです。「泣かないように気をつけます」ということでしたが、実際大丈夫でした?

 

風間:はい、今のところ大丈夫です(笑)。結構介助の話が多かったですね。

 

——そうですね。前半はパンクハードコアのお話をされてたんですけれど、「生き方」だということをすごく強調されていて。谷ぐちさん自身もすごく格好いい素敵な方なんです。パンクハードコアという音楽活動をされている方を私はこれまで風間さんしか知らなかったんですけど、谷ぐちさんにお会いして、今まで風間さんに対して、こういうところ素敵だな、格好いいなと思っていたところは、パンクスとしての格好良さだったんだな、ということを改めて思いまして。音楽であっても介助であっても哲学であっても、どういうふうに衝動的なものが発露したとしても、自分の表現を追求するというところに共通して現れているんだなということを思ったんです。

 

風間:そうっすね。どこどこの国ではパンクスのタクシー運転手が多いとか、郵便局員が多いとかって、さっき谷ぐちさんも言ってましたけど。日本のパンクスって介助者をやってる人がすごく多いんですよね。んで、その理由って、僕が身近なところで感じるのは、あの、まずですね、パンクスって駄目な奴が多いんですよ(笑)。駄目でどうしようもない奴が多いんですけど、でも、障害者にも駄目でどうしようもない奴ってたくさんいるんすよね。福祉の問題って、基本的には倫理的、社会的な文脈で語られることが多いんすけど、でも、障害者自身が倫理的で社会的な人間かどうかは分からないですよね。分からないというか、そうじゃない人もたくさんいて、障害者にも駄目なヤツとか悪いヤツとかたくさんいるんですよ。僕の周りにいる障害者はそういうヤツばっかりで。

そういう人たちの介助をどうするのか。どうしようもないヤツの気持ちって、やっぱどうしようもないヤツの方がわかると思うんですよね。駄目なヤツほど分かることもある、って気がするんですよ。駄目でどうしようもない障害者を、駄目でどうしようもないパンクスが介助してる。だからすごくうまくいっているんじゃないかと思いますね。今日も来てますけど(笑)

 

——(笑)そこでうまくいってると。

 

風間:そうですね。僕から見たら、谷ぐちさんも伝説のヘルパーなんですけど。つまり、僕も谷ぐちさんも今日来てる障害者の彼も、みんなダメでどうしようもないヤツだってことですかね(笑)。だからうまくいってるんだと思うんです。

 

——わかりました。今日のイベントのために音楽もいろいろセレクトしていただいてますので、少しずつ皆さんをパンクハードコアの世界に誘い込んでいくかたちにしたいと思います。

 

風間:パンクとは何か、ハードコアとは何かということについて話すということで、我ながら偉そうな企画だなと思うんですけど。でも、今日佐倉の駅に着いて、のどかな田園がバァーっと広がってるの見て、天気もいいし、こいつはもう、パンクを語るには最高のシチュエーションだなと思って。

 

——ローカルパンク。

 

風間:はい。皆さんがどれぐらいパンクに接したことがあるのかわからないもんで、とりあえずいわゆるパンクといわれているヤツから流してみたいと思います。

音楽1:SEX PISTOLS,  “JOHNNY B GOODE”

風間:これはですね、セックスピストルズ(SEX PISTOLS)というバンドで、 “JOHNNY B GOODE”という昔のロックの定番の曲をやってるんですけど。ぶっちゃけ、全然できてないんすね。これ、途中で「ヤヤヤヤヤ・・・・」って言ってるのは歌詞がわかってないんですよ。ジョン・ライドンっていうボーカルの人が、途中で「I don’t know words! 歌詞がわかんねぇ!」って言って、「ヤヤヤヤヤ・・・・」って言ってるだけなんですけど、つまり、この人、全然歌えてないんですね(笑)。これは僕がかなり好きな曲なんですけど。Sex Pistols版の”johnny b’ good”ですね。もう一曲くらいかけましょうか。こちらもいわゆるパンクサウンドです。

音楽2:Ramones, “Rock ’N’ Roll High School”

風間:これはラモーンズというバンドの “Rock ’N’ Roll High School”っていう、ザ・パンクって感じの曲で。あの、今からハードコアをかけますけど、パンクとハードコアって基本的なスタイルの違いとしては、リズムが 全然違うんですよね。聴いてもらうとわかると思うんですけど、ツツタツ、ツツタツ、ツツタツ、ツツタツっていう、これ、8ビートって呼ばれているビートなんです。これを叩いているのが基本的にはパンクのリズムで。

 

——ドラムのリズムってことですね。

 

風間:そうです、ドラムのリズムです。次ちょっとハードコアをかけてみます。

音楽3:Bad Brains “Big Take Over”

音楽4:Los Crudos, “Me Robaron”

風間:今のがバッドブレインズ(Bad Brains)の“Big Take Over”と、ロス・クルードス(Los Crudos)の“Me Robaron”という曲なんですけど、どうですか、リズム違うのわかりました? パンクは、ツツタツ、ツツタツ、ってリズムだったんですけど、ハードコアの方は、ドッタ、ドッドッタ、ドッタ、ドッドッタ、っていうリズム。

 

——ちょっと速くなるんですかね。

 

風間:そうですね、ハードコアになると基本的に速くなります。

 

——ドラムの人が大変そうな感じですよね(笑)

 

風間:はい。もう一曲くらいハードコアかけてみますね。

音楽5:Capitalist Casualties, “Slave”

風間:っていう、結構ハードコアって1分くらいで終わるんです。

 

——結構短いですよね。

 

風間:最初、さをりさんに今日流したい曲のリストを送ったら、「こんなにかけられないですよ」って言われて、いやいや、一曲1分くらいだから余裕でしょって。

 

——1分もない曲ばっかりでびっくりしました。

 

風間:今のは「パワーバイオレンス」って呼ばれてるハードコアのなかの細かいジャンルなんですけど、そういうのがいくつかあって。ハードコアの中でもいろいろスタイルがあったりするんですね。

 

——それはグループ内だと似たような音になるということですか?

 

風間:そうですね、影響を受けて同じようなことをする人が出てくるんですよね。

 

——それで各グループに名前がつくんですか。

 

風間:そうですね、それがジャンルになっていくんですけど。

 

——ジャンルはビートや音の出し方で分かれると。

 

風間:音楽のジャンルって、「ビート」でジャンル分けされることが多いと僕は思うんすけど。ヒップホップ、ハウス、パンク、ハードコアとかって。ヒップホップのビートにどんなサンプリング乗せてもヒップホップだし、ハウスの四つ打ちのビートに何乗っけてもハウスだし、パンクの8ビートの上で何やったってパンクだって感じがするから。聴いた感触として、それがヒップホップなのかハウスなのかパンクなのかは、大まかにはビートで区別してる気がするんすよね。だから、「そのビートが鳴ってれば、あとは何をやってもいい」っていう意味で、どのジャンルもメチャクチャ自由ですよね。

 

——パンクとハードコアの区別は、パンクが8ビートで、え〜っと……。

 

風間:ハードコアは、Dビートとか、グラインドとか。

 

——それで大体区別がつくと。

 

風間:これは「いわゆるハードコア」とか、「いわゆるパンク」とかっていう話なんですけど。

 

——ちょっと初心者にはハードル高いですね(笑)

 

風間:今話したようなビートで区別されるジャンルってのは、「いわゆるハードコア・サウンド」とか、「いわゆるパンク・サウンド」ってヤツの話なんですけど。でも、今日はですね、そもそもパンクとかハードコアって、音楽のジャンルじゃないんだということを言いたいんです。

 

——ああ、逆に。ここまで説明しておきながら(笑)

 

風間:はい(笑)。今まで聞かせたのは、ほぼオリジネーターの人たちですから。

 

——最初に始めた人ですね。

 

風間:そうですね、こういうスタイルを確立していった人たちで。でも、今日僕がみなさんにお伝えしたいのは、誰かが作ったスタイルを真似することがパンクハードコアなんじゃなくて、むしろそれを壊していく態度こそがパンクハードコアだと僕は思ってる、ってことなんです。

 

——さっき、谷ぐちさんが仰っていた「生き方」にも通じるんですかね。

 

風間:そうですね。世界に対する態度だと思っています。

 

——既存の音の構造を壊していくのがその態度だと。

 

風間:そうです。

 

——わかりました。皆さんついてきて下さってますでしょうか。私は辛うじでって感じですが(笑)

 

風間:それを説明するために、もう少しかけますけど、さっきまでのいわゆるパンクハードコアサウンドがどんどん壊れていくところを聴いて欲しいんです。

 

——ここから「いわゆる」じゃなくなるということですか?

 

風間:そうですね。さっき紹介した谷ぐちさんのやってたU.G Manの“Posada”って曲をかけます。

 

音楽6:U.G Man, “Posada”

 

——あぁ~、これ何か拍手したくなりません? 私は面白いと思いました(笑)

 

風間:全然拍手してもらって大丈夫ですけど(笑)

 

——終わり方が格好いい!

 

風間:そうっすね。僕、最初に聴いたときは、かなり唖然として。高校生のときだったんですけど、友達が「U.G in the Car」っていうアルバムを持って来てかけたんですけど。音がしょぼいじゃないですか。普通、ハードコアって音が重くてものすごい迫力ある感じなんですけど、U.G Manってスカスカしてるんすね。そのスカスカした感じに、友人と二人で、若干沈黙っていうか(笑)。ステレオの前で最初から最後まで二人で無言でジッと聴いてて。今みんなにどう聴こえたかわからないですけど、音がスカスカやなぁ~って、そこにまずスゴイびっくりしたんすよ。それから僕はU.G Manの虜になっちゃって。いくつかU.G Manについて語りたいことがあるんですけど。一つはですね、U.G Manってミスしてるんですよね、音源の中で。んで、それが「ミスとは何か」ということに対して、U.G Manはするどい哲学的な問いかけを行っている気がして。

 

——ミスしながら?

 

風間:そうなんです。ミスしてることが作品の中に含まれちゃってるんすよ。そもそもミスって、それがミスであるかどうかって、ミスしている向こう側に「正しさ」が確保されていないとダメじゃないですか。基本的にはその正しさって、楽譜とか、音源とか、音楽理論とかが「正しさ」ってものを確保していて、それに対して間違った場合、「あ、 ミスした」ってなると思うんです。でも、U.G Manの場合は、音源作品の中で最初っからミスしてるから、ミスしていること自体がU.G Manとしての正しい演奏になっちゃってる。

 

——クラッシックピアノの演奏でいうところのミスタッチがないということですか?

 

風間:そうです、ミスタッチを含めてU.G Manになってる。

 

——皆さん、楽譜は使わないものなんですか?

 

風間:僕ら界隈のバンドって、実際には楽譜はないと思うんですけど。楽譜みたいなものが頭の中にはありますよね、きっと。ここでギターがああしてこうして、ドラムがこうなる、みたいな。

 

——楽譜がないとすると、風間さん自身はどうやってそのミスを判断するんですか?

 

風間:普通に考えたら外してるだけだよなって音とかが出ちゃってるからですよね。意図してない音が出ちゃってて。それをそのまんま音源として残してる、っていう。

 

——私には全然わからなかったです。ミスしていることそのものが。

 

風間:なるほど、それは感覚的にU.G Manサイドにいっちゃってるのかもしれないですね。いや、たしかにさっきの曲だとちょっと分かりにくいですけど、他の曲とかでは明からさまに「これって、ミスしたんじゃないの?」ってテイクを使ってたりしてて。他にも、普通だったら絶対使わないような取り損ないの写真とかをジャケットに使ってたりとか。こういうミスったものをわざわざ使っちゃう感覚って、僕には最初かなり衝撃だったんですよね。普通のバンドは演奏のうまくいったテイクを残したがるもんなんですよ。でも、U.G Manはわざわざ弾けてないテイクを残してて。音源の中でミスしちゃってるから、ライブでミスしてもミスしたことにならないんすよね。それがU.G Manだから。だから、極端なこと言ったら、どんなにバカテクのミュージシャンでも、U.G Manには勝てないんですよ。

 

——バカテクというのは何ですか?

 

風間:バカみたいにテクニックがある、ってことなんですけど。どんなに演奏の上手いバカテクの人たちでも、正しさというものがどっかに確保されてる以上、ライブで演奏を間違える可能性がどこまでもあると思うんですけど。U.G Manの場合は、ライブでどんなにミスしても、それは別にミスじゃないから。

 

——ミスすることがありえない、ミスしちゃってるから?

 

風間:最初っから音源の中でミスしちゃってるから。それが正しいU.G Manのあり方だから。ミスしてこそのU.G Manだから。だから、ツェッペリンもクリムゾンもU.G Manには勝てないんすよ。ツェッペリンやクリムゾンは演奏を間違える可能性があるけど、U.G Manにはそれがない。なぜなら、U.G Manは最初っから間違ってるから(笑)。

あと、U.G Manについて、もういっこ語っておきたいことなんですけど、ライブパフォーマンスについてなんです。ロックの人たちって、ギター弾きながらジャンプした り、ボーカルの人がべ~って舌出したりとか、拳を振り上げたりとか、典型的なロックのパフォーマンスっていうものがあるじゃないですか。んで、これってバンドだけじゃなくてお客さんにもあって。「モッシュ」って言って、客席を輪を描いてグルグルグルグル回るのとか、「ダイブ」って言って、ステージに登って客席に向かってジャンプするのとか、お客さん側にもパフォーマンスがあるんですよ。盛り上がってくると、そういうグルグル回り出したり、ジャンプし出したりというのがあるんです。んで、僕よく思うんですけど、あれって意味がわかんないですよね、よく考えたら。なぜあんなことやってるのか、なぜグルグル回ったり、ジャンプしたりするのか、よく分かんないんですよ。あの、世の中にはですね、宇宙人に説明しやすいことと説明しにくいことがあると思うんですけど。ロックのパフォーマンスって、ものすごい説明しにくいことの一つだと思うんすよね。

今、宇宙人がポンッとここに来たとしてですね。まず最初のステップとして、宇宙人に音楽ってものがどういうものかを説明したとするじゃないですか。これもかなり難しい課題だと思いますけど、とりあえずはこれをクリアしたとして、音楽がどういうものか宇宙人がわかってくれたとして、すごく気持ちいいんだということがわかってもらえたとしますよね。

その次のステップで、ライブパフォーマンスについて説明しなきゃいけなくなったときに、僕はかなり困ると思うんですよね。ギタリストが演奏しながらジャンプしたときに、宇宙人が「あれは何をやってるんだ? なぜ今ジャンプしたんだ? ジャンプしたらどうなるんだ?」って聞かれたとしたら、僕はちょっとうまく説明できないなと思うんです。だって、ライブ中にジャンプしたらどうなるのかって、別にどうもならないでしょ(笑)。ギターを弾いてることに関しては、「ああやって弦を揺らすことによって空気が振動して僕たちの耳に音が聞こえてるんだ、あれで音を出してるんだよ」って言えば、宇宙人は「なるほど、あれで音を出して楽しんでるのか」ってわかってもらえると思うんですけど。でも、ギター弾きながらジャンプしてることに関しては、「それ、音、関係ないやん」って宇宙人に突っ込まれちゃうでしょ。

 

——飛んでる瞬間はそうですね。

 

風間:お客さんがフロアをグルグル回ったりとか、ダイブすることとかも、「なぜ突然みんなでグルグル回り出したのか、グルグル回ったらどうなるんだ?あれは音楽に関係あるのか?」って宇宙人に聞かれたら、うーん、あるような、ないようなって、ちょっと返答に困っちゃいますよね。

 

——みんな宇宙人になってると思います、今(笑)

 

風間:音と直接関係ないんだったら、どっからどこまでがライブパフォーマンスになるのか、宇宙人には線引きが分らないと思うんですよね。いや、たとえばですね、僕が今インタビュー中に隣でずっとこうやって拳を振り上げながら話し出したら、どうします? さをりさん、きっと「何やってるんですか?」ってなるでしょ。「どうして突然拳を振り上げ出したんですか?」って。

 

——う、うん。

 

風間:これって、何でインタビューの一部だとは思えないんですかね。でも、ライブをやってるときに拳を振り上げることに関しては、ライブの一部だと思えるわけですよね。

 

——ああ、なるほど。インタビューではなくて、ライブのシーンだとしたら、そこはあまり変だとは思わないですよね。

 

風間:あれって何なんですかね。すごく不思議だなと思うんですけど。ライブハウスでグルグル回るのはオッケーなのに、僕が今ここで突然この部屋の中をグルグル回り出したら、気が狂ったってことにしかならないっすよね、きっと。

 

——そういうものとして見てるってことですよね。何かよく分からない動きをしたり、何かよく分からないジャンプをしたりするもんだと。

 

風間:そうなんですよ。ライブハウスの中だと、普通だったら気が狂ってるとしか思えないようなことが、だんだん変な意味付けをもっちゃう気がするんです。

んで、ここで話をU.G Manに戻すとですね。僕の中では、それを壊していってたのが、U.G Manだったんですよね。フロアをグルグル回ったり、ギタリストがジャンプしたり、べ~って舌を出したりとか、そういう僕が当たり前だと思ってた「いわゆるライブパフォーマンス」ってヤツをU.G Manはどんどん壊していってたんですよね。これ、ライブ見たことある人にしかわかんないと思うんですけど。

 

——どんな感じなんでしょう。

 

風間:例えば、僕が高校生のときに見た初期のライブなんですけど。ライブが盛り上がって来て、フロアのボルテージも上がってきて、お客さんもウオーってなってて、普通だったら拳を突き上げたり、客席に突っ込んでったりするようなタイミングだと思うんですけど。ベースのテツロウさんはですね、そこで曲順表を丸めて、自分の口に突っ込んで、クチャクチャクチャって噛み始めたんです。

他にもたくさんあるんですけど(笑)。この前オリジナルU.G Manって復活して、一回ライブやったんですけど。最後の曲が終わって、バーンと音を鳴らして、ライブの最後の最後ですよ、うわ~って盛り上がってるときに、ベースとギターを客席用の大きなメインスピーカーの上にボンって乗っけたんですよ。

 

——楽器を?

 

風間:そう、ただポンって乗っけただけなんですけど。左右のメインスピーカーの上からベースとギターがフロアに向かって二本突き出てるっていう状態で。

なんていうか、拳を突き上げるとか、楽器を叩き壊すとかね、そういう分かりやすいロックの定番パフォーマンスをやってくれたら、お客さんも「イエーイ!」ってなれるんですけど。曲順表をクチャクチャ噛まれても、「イエーイ!」とはなれないじゃないですか。何かに怒ってんのか、それともイエーイってことなのか、どこに向かってどういう感情を投げてるのか、まったく不明でしょ。メインスピーカーの上にただ楽器を乗っけられても、捉えどころがなさ過ぎて、さっきの宇宙人みたいな気持ちになっちゃうんですよ、「それって一体どういうこと?」って。ボーカルの河南さんも、ずっと肘を変な角度でカクカクしながら歌ってたりするし、すごく中途半端なところまでTシャツをまくってみせたりとか。そういうのも全部意味がわかんないんですよね。

でも、よく考えたら、もともとロックミュージシャンがやってる舌を出すって行為も、なぜ舌を出してるのかよく分かんないじゃないですか。なぜギターを弾きながらジャンプするのかも、よく分かんないじゃないですか。宇宙人に聞かれてうまく説明できないじゃないですか。U.G Manがああいう奇怪なパフォーマンスをしたことによって、ライブパフォーマンスってそもそも意味がわかんないことなんだな、ってことに気付いたというか。それを僕に教えてくれたのがU.G Manだったんですよね(笑)。そう、だから、U.G Manは、いわゆるロックのパフォーマンスってヤツをどんどん壊してってたんですね。

 

——誰も見たことがないことをやってるっていうことですか。

 

風間:そうですね。自分の身体を傷付けるとか、お客さんに物を投げつけるとかって、そういう類いの過激なパフォーマンスだったら、もう定番になってるんで、むしろ分かりやすいんですけど。U.G Manは、なんかこう、ちょうど良い具合によく分かんないことをやるんですよね。だから、U.G Manって、音楽的なところ以外にも、いろいろ壊しているところがあって。

ちょっとやばい、話したいことたくさんあるんで、次に行ってもいいですか。

 

——はい、お願いします(笑)

 

風間:次はVELOCITYUTの“UT4”という曲を。

音楽7:VELOCITYUT,  “UT4”

 

——え、これでもう終わりですか?

 

風間:普通、音楽って、AメロBメロやって、もう一回AメロBメロやってとか、構成を繰り返すんですけど、VELOCITYUTは絶対それをやんないんです。反復せずにいっちゃうんです。

 

——途中で静かになりましたよね。

 

風間:はい、一瞬ブレイクみたいなのがありましたけど。

 

——それで、また違う感じの音楽が続くと。

 

風間:そうですね。VELOCITYUTはずっと壊し続けてるんですよね。デラシネもそうですけど、活動を続けてるとだんだん自分たちのスタイルみたいなのができていくんですけど。VELOCITYUTは、それをずっと壊し続けてて、こんな風になっちゃってて。VELOCITYUTも高校生のころからずっと観てて、昔は全部1分ないくらいの曲だったんですけど、この前観たときなんか10分くらいの長編のカッコいい曲ができてて。本当にスゴイことだと思うんですよね、壊し続けるってのは。尊敬してますね、本当に。続けてもう一個いきますね。CARREの“DA SAMPLING”。

音楽8:CARRE, “DA SAMPLING”

 

——これいいですねぇ~。皆さんがどう思われたかわからないですけど、私はこの曲好きですね。

 

風間:本当ですか? 結構ハードコアスピリッツをもってらっしゃるのかもしれないですけど。

 

——今日ここでお話するのに(風間さんが始まる直前に予定していた話の流れを変えると言い出したので)緊張してたんですけど、ちょっとゆるんだ感じがします(笑)

 

風間:これは「Grig and Cold Mouse」っていうアルバムに入ってるんですけど、これは本っ当に名盤なんで、是非もっと色んな人に聞いてほしいなと思うんですけど。昔、CARREの鈴木さんと話してたときにですね、鈴木さんはCARREをパンクのつもりでやってるって言ってたんですよ。でも、VELOCITYUTもそうだし、CARREもそうなんですけど、もうぶっ壊れすぎてて、「これってパンクなの?」って思いません? U.G Manもそうですけど、いわゆるパンクとかハードコアってものとは全然違うところにいってるじゃないですか。

 

——セックスピストルズが最初の「いわゆる」ってところだったと思いますけど、それとは確かに全然違いますね。

 

風間:そこからどんどん壊されてってるんですね。いわゆるパンクハードコアのスタイルみたいなのが細分化されてどんどん出来上がっていくんですけど、本当は、そういう出来上がったスタイルを壊してくことの方がパンクハードコアなんだと、僕はそう思ってて。だから、U.G MANとか、VELOCITYUTとか、CARREとか、他にも、切腹PISTOLSとか、STRUGGLE FOR PRIDEとか、既存のスタイルとは全然違う独自のスタイルを切り開いてるバンドがたくさんいて、そういうバンドに僕はパンクハードコアのアティチュードを感じるんですよ。「これってパンクなの?」「これってハードコアなの?」って、自分の持ってたパンクハードコアのイメージを一転させてくれるバンド、っていうか。たとえば、さっき聴いたCARREの曲ですけど、これはたぶん何かの演説のテープをグチャグチャに加工したやつだと思うんですけど。

 

——あ、そういうふうに作ってるんですか?

 

風間:ちょっと本人に確認しないとあれですけど。CARREの「DA SAMPLING」に関しては、100年前だったら、パンクどころか、音楽だとさえみなされてなかったと思うんですよね。こういうものを音楽として誰もみてなかったと思うんで、100年前の人にCARREを聴かせても「これって音楽なの?」って言ったんじゃないかと思うんですよ。だから100年前は音楽としてみなしていなかったものを、僕たちは今音楽として見れるようになってて。もしかしたら100年後には、僕たちが今音楽と思っていないようなものがどんどん音楽になってくかもしれないですよね。

 

——でも今、風間さんが音楽としてガイドしてくださって、ご紹介いただいたので音楽として聴きましたけど、街中の喫茶店で突然流れたら、「え、どうしたんだろう?」って思いますよね、きっと。

 

風間:(笑)バグったのかなって?

 

——そうそう。

 

風間:だからそういうことだと思うんですよね。「音楽とは何か」がどんどん変わっていってる、ということだと思うんですよ。たとえば、今この空間に「話し声」とか、「車が通る音」とか、CARREの「DA SAMPLING」とか、いろんな音が聞こえていると思うんですけど、今聞こえてる音の中で、何が音楽で、何が音楽じゃないか、って線引きを僕たちはしているわけですよね。その線引きがちょっとずつ変わってきてる。

 

——ミュージック・シーンがいろいろ発展していくなかでってことですか?

 

風間:そうですね。100年前だったら、モーツァルトは音楽だけど、CARREは音楽とみなされてなかった、っていう。音楽と音楽じゃないものの線引きが変わっていったんだと思うんですね。

でも、これ、音楽だけじゃなくて、芸術も一緒だし、科学も一緒だと思うんですけど。僕たちって、世界をいろんな形で切り取ってるじゃないですか。これは椅子で、あれは椅子じゃない。これは水で、あれは水じゃない。これは音楽で、あれは音楽じゃない。「椅子」として切り取れるもの、「水」として切り取れるもの、「音楽」として切り取れるものとか、いろんな形で世界を切り取ってるわけですけど。その「切り取り方」がどんどん変わっていってるんですね。

んで、実は、哲学って、この「世界の切り取り方」についての話をずっとしてるんですよね。たとえば、今話してた「音楽とは何か」って、哲学っぽく言ったら「音楽の本質」を問うてるわけですけど。哲学の問題って、基本的には「正義とは何か」とか、「私とは何か」「言語とは何か」「時間とは何か」って、何かの本質を問うてるんですけど。だから、ある見方をすれば、哲学って、ずっと本質探求みたいなことをやってて。今の話の流れで言ったら、これは「世界の切り取り方」の探求ですよね。「音楽とは何か」にどう答えるかによって、世界の中から何を音楽として切り取ればいいかが変わってくる、っていう。

んで、この辺が、僕にとっては、哲学と芸術がリンクしてきて、グッと来るところで。例えば、マルセル・デュシャンっていう芸術家がいますけど、既製品の便器を美術作品として美術展に出したんですね。これって「美術作品とは何か」に対する哲学的な問いかけになっていると思うんですよ。

 

——便器を美術館においたことで?

 

風間:そうですね。哲学って、基本的には言葉を使ってやる遊びですけど。でも、本当は、別に言葉を使わなくても哲学的な問いかけってできると僕は思うんですよ。便器を美術展に出すって行為自体が、「便器は美術作品になれないのか」「美術作品とは何か」っていう哲学的な問いかけになってると僕は思うんです。

 

——問いかけるという行為を、言葉ではなくて、作品として提示する形でやってると。

 

風間:そうですね。他にも、ジョン・ケージって人の「4’33’’」という曲があって、お客さんからお金をとって、みんなを会場に入れて、4分33秒間、ただ黙ってピアノの前に座ってる、ってだけの曲だったんですけど。これは「無音は音楽になれないのか」「音楽とは何か」という哲学的な問いかけになっていると思うんですよ。んで、この問いかけによって、音楽の本質とか、美術の本質がどんどん壊れていったと思うんです。これは音楽で、あれは音楽じゃないっていう、世界の中から何を音楽として切り取るか、「世界の切り取り方」が変わっていっちゃった。

んで、僕が哲学をやってて興奮するのも、この部分なんですよ。世界の見え方をガラッと変えてくれるところっていうか。哲学って言うと、みんな、真理の探究をする「学問」だと思ってると思うんですけど。でも、僕の個人的な趣味としては、哲学の魅力ってそっちじゃなくて。

学問って、基本的には「正しさ」が重要じゃないですか。世界の「正しい」切り取り方を探求してるんだと思うんですよ。

 

——線引きを?

 

風間:はい。例えば、科学者って、「水とは何ですか」って聞かれたら、「H2Oです」って答えると思うんですけど。これって、水と水じゃないものの「正しい」線引きの仕方を提示しててるんですよね。これは水だけど、あれは水じゃない。なぜなら、これはH2Oだけど、あれはH2Oじゃないから、っていう。それが「水」の正しい定義とみなされてて。だから、科学理論の価値って、世界をどれだけうまく説明できるかにあって、世界の正しい切り取り方を求めているんだと思うんですけど。

美学って学問もそうですよね。「芸術」の正しい定義を与えること、僕たちの芸術概念をどれだけうまく説明できるかってところに美学理論の価値があるわけで。これは芸術で、あれは芸術じゃない、っていう線引きを探してるわけですよね。

でも、芸術家って、逆に、その線引きを壊していかないとダメなんだと思うんですよ。既存の概念を壊して、世界の「新しい」切り取り方、世界の「面白い」切り取り方を提示していくのが、芸術家の仕事だと思うんです。たとえば、さっきのデュシャンやジョン・ケージもそうですよね、彼らは便器や無音を芸術とみなすかどうかっていう、その線引きを壊しちゃったわけで。芸術の「新しい」切り取り方を生み出したわけですよね。

だから、学問の価値が、真理の探求っていう意味での「正しさ」にあるんだとすると、芸術の価値は、創造性っていう意味での「新しさ」とか「面白さ」の方にあると僕は思うんです。

 

——学問と芸術は、正しいか面白いかの違いで、切り取るって行為自体は同じってことですか?

 

風間:そうですね。だから、極端なことを言ったら、学者は間違ったらダメなんですけど、芸術家は間違えないとダメなんですよ。それまでは便器は美術作品とみなされてなかったんで、便器を美術展に出品することは「間違ってる」んですけど。でも、間違えることによって、芸術の新しい切り取り方を創造できたわけで。これは今日紹介したU.G ManもVELOCITYUTもCARREも一緒ですよね。いわゆるパンクハードコアから逸脱することによって、新しいパンクハードコアの切り取り方を提示してる。

んで、僕にとっては、ここが哲学も一緒なんです。哲学って、一方では、真理の探求をしてる学問としての側面もあるんですけど。でも、もう一方では、どれだけ世界の見え方をガラっと変えてくれるか、世界の新しい切り取り方を提示していくっていう、芸術と同じ意味での創造的な価値を持ってると僕は思ってて。例えば、僕が学んでた永井哲学とか、ウィトゲンシュタイン哲学って、U.G Manを初めて聴いたときと同じような、世界の見え方がグラっとするような瞬間があって。

 

——「面白い切り取り方をしてるな」と感じた?

 

風間:そうですね。U.G Manを見て「これってハードコアなの?」って、自分のハードコア観がグラっと歪んだときと同じように、永井哲学やウィトゲンシュタイン哲学に初めて接したときにも、世界の見え方がグラっと歪んでいく感じがあって。「そんな見方ができるんや」っていう。

 

——最初におっしゃってた、「パンクハードコアは世界に対する態度」。そこが哲学とも関係してるということですか?

 

風間:僕のなかでは、ハードコアで好きな部分と、哲学で好きな部分は一緒なんですよ。世界の見方をグラっとさせてくれる部分。

 

——それを好んで選んでる感じですか。

 

風間:そうですね、そこが僕のハートに火をつける部分です。

 

——なるほど(笑)。時間が押してきちゃってるので、他にご紹介頂きたい曲があればぜひ。

 

風間:えっとですね、今日話したいことの中に、パンクハードコアの「オリジナリティ」と「リアリティ」っていう大きなテーマを二つ用意してたんですが。今、まだオリジナリティの方の話しかできてないんですね。前半しか終わってない(笑)。

 

——最初に新しく切り取った人がオリジナルということですか。最初に面白い切り取り方をした、その切り取り方をした人がオリジナリティがあるという。

 

風間:ザックリ言えば、そういうことですね。じゃあ、リアリティの方もいってみましょうか。てか、今日、みんな質問とかしたいですか?

 

——したいと思いますよ。やや宇宙人の反応になってると思います。

 

風間:そんなに質問がなければ、もっとゆっくり話しますけど。じゃあ、ちょっと人間を聴いてもらって……。

 

——これは結構レアな音源ですよね。カセットテープで。

 

風間:今これを世界で持ってる人って、もしかしたら僕だけなんじゃないか、っていう。
ちょっと人間、聴いてみますね。

 

音楽8:人間, “何にもない”

 

——拍手(ブラボー!)。

 

風間:これは人間というバンドの「何もない」って曲なんですけど。僕がパンクってものをリアルタイムで初めて体験したのが人間だったんですけど。これが、本当に、めちゃくちゃカッコよくて。

 

——福岡で高校生のときにですか?

 

風間:そうですね。これ、かなり昔の音源なんですけど。このボーカルの岩谷さんって、もう本当に、浮浪者なのか、日雇い労働のオッサンなのか、っていうくらいの……。僕、今、山谷っていう東京の昔のドヤ街に住んでるんですけど。岩谷さんは、本当に山谷に普通に居そうな人で、最初見たとき「浮浪者のオッサンがステージに上がってきた」って思ったんですよ。そういう人なんですけど。僕、そういう人に憧れちゃったんで、今僕が山谷に住んでるのも、多分岩谷さんのせいだなと思ってるんですけど(笑)

もともとパンクムーブメントが始まる前に活動してたビートルズとかツェッペリンとかって、特別な才能を持ってて、特別な音楽的技術を持ってる、特別な人たちだったんですよ。んで、ちょうどビートルズからツェッペリンくらいまでの流れって、巨大なロック産業ができてった時期らしくて、プロモーションとかマーケティングとかを駆使した、言ったら、彼らはロック産業の生んだロックスターで、アイドルだったんですね。

んで、それに対して、パンクムーブメントが始まったときに、初めて、楽器の弾けない、その辺のただの乱暴なヤツらが、楽器をもってステージに上がって音を鳴らし始めたっていう。ロックスターっていう偶像ではない、リアルな等身大のありのままの自分を出すんだ、っていう、リアリティの側面がバンクムーヴメントにはあって。

 

——パンクが始まったときにそれがあったということですね。

 

風間:そうですね。んで、それが僕にとっては人間の岩谷さんだったんですけど。岩谷さんって本当にそのまんまで、ありのままを出してて。

 

——ありのままに、「何もない」。

 

風間:ありのままに、「何もない」って叫んでましたね。

 

——この方を知らない人が聴いても、普段からそういう方なんだろうなっていうのが想像できるような感じでいいですよね。

 

風間:ちなみに今日、ポスター持ってきてて。見えずらいかもしれないんですけど、人間の岩谷さんってこの人。

 

——今ちょっと、イメージと音の感じが結びつきました。音だけ聴いてると、いいな~と思ったんですけど、ライブに自分がいたとしたら、圧倒されてこんなに冷静に喜べたかなって、ちょっと自信を失いました……(笑)

 

風間:今、○菌ってバンドで活動してるんですけど。

 

——ああ、そうなんですね。まだ現役でいらっしゃる。失礼いたしました。

 

風間:いえいえ。○菌もすごいカッコいいんで、是非ライブに行ってみてほしいですけど。んで、さっき、便器を美術展に出すっていう行為が、「美術作品とは何か」っていう哲学的な問いかけになっている、って話をしましたけど。ここに関してもですね、楽器の弾けないヤツがステージに上がってノイズをまき散らすっていう行為が、「ミュージシャンとは何か」っていう哲学的な問いかけになってると僕は思ってて。それまではミュージシャンって言ったら、立派な才能があって、立派に楽器が弾ける、立派な人たちのことだ、って思われてたんですけど。それを楽器が弾けなくてもいいじゃないかって、乱暴ものたちがステージに上がっていくことによって、誰でもステージに上がって音楽を鳴らせるようになってった、っていう。「ミュージシャンとは何か」がそこでどんどん壊れていった、っていう。

 

——ありのままの自分がステージに上がって、ライブパフォーマンスをすることで、それが「ミュージシャンとは何か」に対する哲学的な問いかけになっていると。

 

風間:はい。んで、僕は、ここが、パンクハードコアの「優しさ」だと思ってるんですよ。音楽は特別な才能や技術をもった人だけのものじゃなくて、誰でもやっちゃっていいんだよ、って。

 

——寛容だなということですか?

 

風間:そうですね、どんなヤツでも受け入れてくれる底なしの包容力がパンクハードコアにはあると思うんすよね。音感がないヤツでも、音痴のヤツでも、俺でもやっちゃっていいんだっていう。

僕がパンクハードコアに出会って受けた衝撃の一つは、「音楽の良し悪しに才能や技術は関係ないんだ」って思えたことなんですよ。たとえば、ラモーンズとベートーベンを比べたときに、どっちが音楽の才能があるのかって言ったら、目に見えてベートーベンの方が才能あるに決まってるじゃないですか。でも、じゃあ、ラモーンズよりベートーベンの方が音楽として良いのかって言ったら、僕は分かんないと思うんですよね。僕はベートーベンも好きなんでベートーベンを聴きたくなるときももちろんあるけど、でも、ベートーベンよりもラモーンズを聞きたくなることもたくさんあるから。必ずしも音楽的な才能がある人の音楽の方が良いとは限らないんだなと思ったんですよ。そこがすごい衝撃で。だったら、僕にもできる、っていうか。音楽は才能のある限られた人だけのものじゃなくて、お前にもできることあるぜ、っていう。そこが「優しさ」のような気がするんです。

 

——リアリティの方が?

 

風間:そうですね。ありのままで、そのまんまでいいんだぜ、音感なんかなくてもいいんだぜ、音痴でもいいんだぜ、っていう。これって、冒頭で触れてた介助者の話、どうしようもない奴の気持ちはどうしようもない奴の方がわかる、って話とリンクすると思うんすけど。どうしようもない奴にしかできないこともあるんですよ。もちろん、きっちりしたヘルパーにしかできないこともあるし、音楽的な才能がある人にしか作れない音楽もあるんだけど。でも、その一方で、時間が守れないどうしようもない奴にしか分かんないこともあるし、音楽的な才能がない奴にしか作れないものがあるんだ、っていう。

 

——音楽的才能がある人の音楽と音楽的才能がない人の音楽を比べたときに、才能がない人の音楽の方が風間さん自身が良いと感じるということですか?

 

風間:いや、どっちが良いっていうよりは、どっちも良いって話ですね。僕、個人的にはベートーベン大好きなんで(笑)。ベートーベンも良いけど、ラモーンズも良いじゃん、ってことです。それぞれ別の価値を持ってる、と。

ただ、そもそも、この「才能」とか「技術」って言ってるヤツも、よく考えたら本当は全然よく分からないんですよね。ラモーンズは簡単だ、誰にでもできるって言っても、本当の本当の本当のことを言えば、ラモーンズはラモーンズにしかできないですよね。

たとえば、デラシネとツェッペリンで言ったら、一般的にはツェッペリンはすごい技術があるってことになってて、それに比べたら、デラシネなんて下手クソの集まりですけど。でも、だからと言って、ツェッペリンにうちらの機材渡して「デラシネやってみろよ」って言っても(笑)、絶対できないと思うんですよ。俺たちもお前らみたいなことはできんけど、お前らも俺たちみたいなことはできんやん、って。

「技術」って何?って不思議になるんですよね。ツェッペリンとデラシネに共通の「技術」なんて本当はないんじゃないか。それぞれにそれぞれの技術があって、比較することなんて本当はできないんじゃないか、っていう。もっと極端なこと言ったら、僕、ドラム叩いたことないんで、ドラムは下手クソ中の下手クソですけど。でも、ジョン・ボーナム(ツェッペリンのドラマー)をここに連れて来て、僕のドラムを再現しろって言っても、たぶん完璧にはできないと思うんですよ。下手クソのリズム感を再現するのって、めっちゃ難しいと思うんで。僕にジョン・ボーナムのドラムは再現できないけど、ジョン・ボーナムも僕のドラムを再現することはできない。

 

——再現可能性が技術の有り無しとするならば……。

 

風間:どっちも再現できてないから、どっちも技術がない。

 

——技術を定義するのに、再現可能性を使うと上手くいかなそうだと。

 

風間:再現しようとすると、どっちも下手クソだ、ってことになっちゃうんですよね。だから、僕の考えでは、下手クソって、何かの真似をしようとするヤツのことだと思うんですよ。

 

——すごい独自の定義ですね(笑)

 

風間:ジョン・ボーナムの真似をしようとしたら、僕は上手く叩けないけど。僕の真似をしようとしたら、ジョン・ボーナムも上手く叩けないと思うんですよ。

 

——なるほど。

 

風間:何かを再現しようとすると下手クソってことになっちゃう。だから、再現しようと思わずにそのまま出しちゃえば、つまり、何かの真似しようとしなければ、下手クソではない!

 

——(笑)じゃあどんなに上手いと言われている人でも、その人以外の真似をしろと言われても100%真似はできないから、真似としようとする限り、どんな人でも下手だと。

 

風間:逆に言えば、真似しようとしなければ……。

 

——誰でも上手い!

 

風間:そういうことですね。だから、散々オリジナリティのことを話してきましたけど、本当はオリジナリティって勝手に出て来ちゃうもんだと思うんですよね。逆に言えば、真似をしようと思っても100%真似はできないんだから、そいつらしさみたいのが勝手に出てきちゃって。むしろ消しようがないもので。あとは気持ちの持ちようっていうか。自分がどう思ってるかですよね。

んで、そういう意味で言ったら、デラシネの中ではキッシーが一番パンクなんじゃないかなって思うんですよ。キッシーって、元々音楽やってなくて、ずっと絵をやってた人で。僕がバンドやんない?って声をかけて、サンプラーって楽器を渡して、これ、ここのボタン、こうやって押したら音が出るからって説明して、それだけの状態で、真っ白な状態でスタジオに入ったんですけど。キッシーはそっから自分で勝手に楽器いじって、子どもみたいに遊んでるだけなんですよね。何かお手本にしてやろうとしているわけではないから、いわゆる音楽的技術っていうのとは無縁の人なんですよ。僕からしたら音楽で絵を描いているような人で。

 

——キッシーさんがされているような、サンプラーという楽器を使って演奏をするポジションの人って他のバンドではこれまでいなかったんですか。

 

風間:サンプラーって、どちらかと言うと、ヒップホップとかで使われてきた楽器で。楽器ってジャンルを特徴づけるようなとこがあって。エレキギターができてロックができてくるとか、ターンテーブルとかサンプラーによってヒップホップができてきたとか。デラシネに関しては、ひとつはそういうよくわかんない楽器を使おうぜって、ヒップホップで使われている楽器をパンクハードコアの文脈でむりやり使ってみようぜっていう発想で。

 

——キッシーさんという絵を描かれていた音楽の経験がなかった方が、パンクのなかであまり使われることがない楽器を使うという2つの意味でパンクだったんですね。

 

風間:そういうところもあるかもしれないですね。サダも、サダのドラムも完全にイカれたドラムなんですよ。サダのドラムって、本当にサダにしか叩けないドラムで。普通のバンドでそんなドラム叩いたら怒られるよって、よく言ってるんですけど(笑)。だから、デラシネに関して言うと、僕は基本的に何もしてないんすね。デラシネが映画で、僕が監督なんだとすると、本当に何もやってない監督って感じで。キッシーとサダという演者の個性が強すぎて、脚本とかなくても、フィルムを回しておけば面白いものが勝手にできるから、できちゃったものを後でつなげて曲にしてくって感じで。

 

——ひとつの曲の制作の過程でですね。

 

風間:そうですね。なんか、ゴダールって、ものすごいざっくりとした脚本しか決めないらしくて、役者にある程度自由に演じてもらって、後で切り貼りして映画を作っていくらしいんですけど、それ聞いたときにすごい似てるなって思って。ゴダールと比べるのはちょっとシャレ過ぎてますけど(笑)。

 

——音楽の場合、「切り貼り」ってできるんですか?

 

風間:録音してるんで、これ、こことここつなげて、こうしようって。てか、構成を作っていくのも三人でやってるんで。僕はもう、監督っていうか、ほとんど幼稚園の先生みたいなもんですね。二人がガチャガチャ自由にやってるのを「お~い、もう一回やってみようぜ、ちょっと音止めて~!」みたいな。

時間がちょっとあれなんで、締めたいと思うんですけど。つまりですね、僕はリアリティでもオリジナリティでもいいんですけど、それまでの「ミュージシャンとは何か」「ハードコアとは何か」「パンクとは何か」「音楽とは何か」「ミスとは何か」「パフォーマンスとは何か」っていうものをどんどん壊していく、その壊していく態度こそがパンクハードコアのアティテュード(態度)で、それこそがパンクハードコアなんだと思ってるんですよ。壊した後にできた残ったものって、全部ウンコみたいなもので。

 

——これ、このまま出しても問題ないですかね……。

 

風間:壊すという活動、壊していくこと自体がパンクハードコアで、壊した後に残ってできたスタイルってのは、その活動が生んだウンコみたいなもんだと思ってるんです。

でも、あれですね、これって完全に、ただの僕が音楽をやるときの意気込みみたいなもんで。ロック批評とか、美学的な何かとかではないんで。ただ僕が音楽作るときはこんなつもりでやってますっていう、ただそれだけの話なんですけど。はい、それだけの話です。

 

——ここで、パンクハードコアというパフォーマンスを聴けるライブ情報もお伝えしたいと思います。冒頭にお話いただいた、谷ぐち順さんはFUCKERというソロ活動されているんですが、そのライブ情報をお伝えします。

  • 7/22 下北沢ベースメントバー
  • 7/25 黄金町試聴室その2
  • 8/6 能古島ノコニコカフェ(+共鳴)
  • 8/7 福岡キースフラック
  • 8/11 下北沢ベースメントバー(FSF)
  • 8/14 小岩ブッシュバッシュ
  • 8/27 札幌ピグスティ
  • 9/4 名古屋ハックフィン
  • 9/10〜12 秘境祭
  • 9/18 三笠公園
  • 9/20 月見ル君想フ

日本各地凱旋されていて、すごいですよね。

 

風間:はい、みんなやってると思いますね。ちなみに、谷ぐちさん、FUCKERのことをフォークだって言ってますけど、あれは本当はめちゃめちゃパンクハードコアですね(笑)、今日話した意味で。FUCKERも本当にすごいカッコいいんで、是非ライブで体験してみてください。

 

——今日はライブの音源を中心にもってきてくださって、今日ここで風間さんがガイドしてくださらないと、聴けない音源がたくさんあったと思うので、みなさんこの衝撃を忘れずにお持ち帰りいただければと思います。どうもありがとうございました。

 

風間:すいませ〜ん、ありがとうございました。

質問に答える風間コレヒコさん

Photo: Ryosuke Murai

ゲストについて

風間コレヒコ(かざま・これひこ)
1979年福岡県生まれ。哲学者の永井均氏のもとで哲学を学ぶ。2004年に3ピースバンド「デラシネ」を結成し、これまでに3つの作品をリリースしている。現在は障害者の自宅介助員として働きながら、ライブ活動を続けている。

 

聞き手について

田中さをり(たなか・さおり)
高校生からの哲学雑誌『哲楽』編集人。現在、都内の大学で広報職員を務めながら、哲学者へのインタビューを続けている。

 

 

 

 

 

ライブ情報

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LessThanTV presents
『METEOTIC NIGHT 天神』

2016年8月7日(日) @ 福岡 Kieth Flack 1F+2F
15:30/16:00
¥2500/¥3000(+1D)
■ALL FUCK
■CUBEc.u.g.p
■DEATHRO
■デラシネ
■FUCKER
■ゲバルト
■Limited Express (has gone?)
■泯比沙子+岡崎康洋(蝉)+Nasca Car
■オクムラユウスケ
■オオクボ-T+GENTAROW
■その他の短編ズ
■V/ACATION

FOOD:veggie食堂 船出屋

チケット予約 (Kieth Flack)
092-762-7733
http://www.kiethflack.net/contact?type=ticket


9月 MISTAKE SHOW 開催予定!