働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」

2017年7月26日

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哲楽編集人・田中さをり

川添愛『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』

人工知能のニュースが日々溢れている。アルファ碁の登場以来、あまりにも増えすぎて、内容を詳しく追えなくなったという人は多いのではないだろうか。学術的な研究の内容を一般に伝える仕事をしている私も、最新の人工知能の研究をどう判断していいのか混乱することが多くなってきた。その理由は3つある。

(1)「人工知能学者」としてメディアに出ている研究者が、本当は何の専門家なのかが分りにくいこと。
(2)工学分野で使われる専門用語を日常の言葉遣いと混同して記者が説明していること。
(3)人工知能に関わる企業や研究機関の宣伝として、研究成果とその波及効果が大げさに書かれていること。

数ある学問分野の中でも、こんな形で混乱を招いている分野はちょっと珍しいのではないだろうか。

そんな状況に風穴を開ける一冊の本が現れた。著者は言語学を専門とし、自然言語処理の分野で実績を積んだ研究者である。この本では、イタチやモグラなどの動物たちが「言葉を理解する機械を作る」ために、何をどうしたら「できた」と言って良いのか話し合う物語が進行する。そう、この分野に携わる研究者たちの現場での徒労感、汗と涙と笑いの試行錯誤の過程を見事な寓話に昇華させているのだ。新たな辞書を組み込みながら学習データの正解率を上げていくシーンなど、プログラマなら手に汗握るに違いない。「わたしたちの力では、ここまでですね」というオコジョの台詞も泣ける。しかも、本書の編集を担当した大槻美和さんによると、この本は小学5年生の読者もいるというから驚きだ。

ただし、内容が簡単なわけではない。著者の専門である、知識源の作成についての章は特に密度が濃い。解説部分では「意味の心像説」などの言語哲学への言及もある。それでも、ゆっくりと時間をかけて読み進めれば、何が研究の現場で課題になっているのか、しみじみと感じられるようになるはずだ。著者自身もあとがきで述べている通り、人工知能の全研究に通じたオールマイティな人は存在しない。だからこそ、専門的な偏りがあったとしても、この分野の最先端の研究が全体として今どういう段階にあるのか、不必要に成果を誇張したり、脅威を煽ったりすることなく、正しく伝えることができる本は貴重だ。

研究者たちが学習データの認識率を上げるアルゴリズムを作るために日夜努力していることは、人間の言葉を理解しながら仕事を代わりにしてくれる機械が次々に社会に生み出されることと同一ではない。一体何が違うのか、本書は教えてくれる。ひょっとすると、日本語という言語の学習過程にある小中高生の方こそが、この本からその違いを正しく受け取れるのかもしれない。