権威性や専門性を超えていかに伝えるか
2010年10月4日
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大阪大学臨床哲学研究室の、中岡成文先生にお話をお伺いしてきました。中岡先生は長年ヘーゲル研究に従事しておられ、98年以降、臨床哲学という学際的なネットワークの中で、医療・介護・教育などの専門家とともに、”動きながら考えて”おられます。自らをより傷つきやすい場所に置くということは、もともとはヘーゲルの思想からの影響だったとのことです。中岡先生は、評判通り、かなりの聞き上手(というか名人)だったことから、矢継ぎ早に質問してしまいました。下記の質問リストを手がかりにお聴き下さい。
- Q.1.大学院における社会人と学生の割合は?(1:07)
- Q.2.割合が変わると対話の質は変わる?(2:25)
- Q.3.研究室で起きた「ロボット発言事件」とは?(3:22)
- Q.4.「ロボット発言事件」は男女の感覚の差に起因する?(5:53)
- Q.5.「ロボット発言」は前置きなしの発言だった?(8:30)
- Q.6.専門職の方々がその場に居る/居ないで違いはある?(10:25)
- Q.7.対話空間の主導権はどちらに?(12:47)
- Q.8.看護学出身の哲学研究者がいれば状況は変わる?(14:53)
- Q.9.学生にとって哲学対話法と社会的対話法の両方を習得するメリットは?(16:49)
- Q.10.学生は2つの対話の場を経験するが、教える立場から見たその苦労は?(21:22)
- Q.11.ヘーゲルの授業と臨床哲学の授業で学生との関係に違いがある?(24:03)
- Q.12.学生はヘーゲルの授業は臨床哲学の授業でも「先生」とは呼んではいけない?(28:33)
- Q.13.「中岡先生」と「中岡さん」と呼ばれ方による意識の違いはない?(30:27)
- Q.14.臨床哲学は新しいと言われることが多いが、むしろ伝統的なのでは?(32:28)
- Q.15.文理融合の流れの中での臨床哲学の役割とは?(36:42)
- Q.16.臨床哲学の文化として謙虚さがあるようだが、哲学者の社会的責任を敢えていうと?(40:45)