哲学雑誌を日英両言語で作るようになってから、自分の英語力の足りなさを痛感するようになり、この四月から、英会話学校に通っています。先日、その英会話の授業で、日本の医療問題がテーマになり、脳死臓器移植の現状を話す機会がありました。講師の先生はイギリス人で、私の英語表現に訂正を加えつつ、熱心に聞いて下さいました。
その時、気がついたことがありました。「日本に住む外国人の方々に、臓器移植法案の改正や、それに伴う事前の意思表示の仕方についての情報は、きちんと伝わっているのか」という問題です。2009年の法改正前は、本人の文書での同意文がなければ、臓器提供をすることはできませんでしたが、法改正後は、本人の意思が不明な場合は、家族の意思で本人の臓器提供が行えるようになり、15歳以下という年齢制限も撤廃されました。
イギリス人講師にその話をしたところ、「法制度に無知な人からは臓器を提供しやすくするために、法律をオプトアウトに変更したんだね」と頷いておられました。(オプトアウトとは、英語でopt-putと表記され、脱退するとか離れるという意味があります。例えば広告の送付の仕方で受信拒否が行われるまで一斉送信することをオプトアウト、事前に受信の意思表示ができるようにすることをオプトイン/opt-inといいます。)
日本の大学院に通っているその先生は、金融や国際関係について博識な方で、法律改正の要点を正確に理解してくださいましたが、先生の反応から察するに、臓器移植法の法律改正についてはご存知なかったようでした。もちろん、日本人でも知らない人はたくさんいるはずですが、免許証や保険証を通して、意思表示の必要性を自覚する機会は、外国人よりは比較的多いはずです。
その日、雑誌『哲楽』を先生にお贈りしました。翌週、感想を伺うと、別に添えた日英両言語表記の1号は面白く読んだが、日本語だけの3号はまだ途中だと仰ってました。脳死臓器移植がテーマだった3号は、編集方針を決める時に、日本の法制度の話だから日本語だけで詳しく伝えようということになり、英語翻訳はつけなかったのです。今になって、そのことが悔やまれた一日でした。
ご存知の方も多いかもしれませんが、少し前に台湾に出張していたある日本人のご家庭で、2歳の女の子がプールでの事故で脳死状態に陥り、ご両親が臓器提供に同意したというニュースがありました。その後、大変な決断をなさったご両親の取材記事が朝日新聞に掲載されましたが、言葉や文化が違う国で、どのようにインフォームド・コンセント(情報に基づいた同意)がなされたのかについては、その記事からはわかりませんでした。
このニュースと、私の日常で交わしたイギリス人講師との会話は関連しているように思えます。日本の法制度の変更のことをイギリス人講師の先生は「法制度に無知な人からは臓器を提供しやすくするため、オプトアウトにしたんだね」と表現されました。この「制度に無知な人」は、外国人としてある国に居住している人をそのまま含むように思えます。
WHOの指針では、臓器売買を防ぐため、各国の臓器移植を推進する法整備を提案しています。日本の法制度のオプトアウトへの変更もその国際的な要請のひとつだと思いますが、異国の地で臓器提供者やその家族になる可能性のある人への配慮も今後必要になってくるのではないでしょうか。日本に関連する人として限定するならば、「異国の地で臓器提供者やその家族になる人」は、外国に住む日本人や、日本に住む外国人になるはずです。
哲楽は小さな雑誌ですので、できることは限られていますが、少なくとも日本に住む外国人に日本の医療制度などの実情を届けることはやっていきたいと考えています。
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