功利主義とは何か
児玉 聡(こだま・さとし)
2012.01.30
「「功利主義って何ですか? 5 分で簡単に解説してください」と無茶なお願いをしたところ、 すぐに四つの特徴が挙がった。一つは、何かの行為を「よい」とか「悪い」とか評価する際に行為の結果を重 視する「帰結主義」。二つ目は、この帰結=結果の中で人々の幸福を重視する「幸福主義」。三つ目は、全体の 幸福を考える「最大多数の最大幸福」、そして最後は、一人を一人以上には数えない「公平性」だ。功利主義は「自己中な考え方」と言われることがある。 自分の利益だけを追求することを善しとする学説として誤解されが ちなのだ。しかし、この特徴を見ると印象はだいぶ違ってくる。みんなの幸福を重視し、自分自身さえも特別扱いしない。そんな「自己中」とは反対の考 え方が見えてくる。」哲楽第3号p.3
<功利主義とは何か>
(田中)
生命倫理学の研究をなさっている中で、特に専門にされている立場が功利主義とのこと
ですが、この「功利主義」という立場を、できるだけ分かりやすく高校生に伝えるとし
たら、どのような立場だと言えるのでしょうか?
(児玉)
功利主義について簡単に説明するのはやはり難しいのですが、ごく簡単に説明してみま
す。
まずトロリーの事例をちょっと考えてみて、それに功利主義をあてはめてみたいと思い
ます。「トロリー」は「路面電車」と言われることもあります。サンデルの話にも出て
きました。
トロリーというのはこんな事例です。トロリーが暴走している。私が何もしなければ、
線路に縛りつけられていた五人の人はひき殺される。ほっておくと、ですね。もし私が
電車の線路のスイッチを切り替えて、トロリーを別の線路に引き入れれば五人は助かる。
ただし、別の線路には縛りつけられている人が一人だけいて、その人がひき殺されるこ
とになる。私はスイッチを切り替えるべきかどうか。
そういう話が、サンデルが話したことによって有名になったのではないかと思います。
これを功利主義的に考えると、どう考えるのか。
功利主義はいくつか特徴があり、その一つが帰結主義です。「帰結」とは「結果」のこ
とです。ですので、行為の正しさを評価するには、行為の「帰結」を評価することが重
要だ、と。道徳理論・倫理理論の中には「帰結」よりも「動機」の方が重要だという話
もありますが、功利主義ではあくまでもその「帰結」が重要だ。ですから、この場合に
は、「五人が死んでしまうのか一人が死ぬのか」その帰結を考えなくてはいけません。
二つ目は、「帰結」といってもいろいろな結果があるわけですが、特に人々に与える「
幸福」が重要である。これが二つ目の幸福主義という特徴です。幸福の内容もいろいろ
あるのですが、一つの説では快楽説、人々の快苦が重要だ、と。またの他には、欲求の
充足、欲求を満たすことが重要だ、といったことが言われます。この場合、快苦にしろ
欲求にしろ、五人も一人も死にたくないと思っているので、この人たちが死なないとい
う帰結が重要だということになります。
三つ目の特徴として、「最大多数の最大幸福」ということが言われることがありますが、
その総和の最大化、足し算の総和の最大化。功利主義というのはときどき「利己的な、
ジコチューの説だ」と言われることがありますが、そうではなくて、全体の利益、この
場合、全体の幸福、行為が全体の幸福に対して与える影響が重要だ、と。ですから、こ
の場合では、五人か一人かということで、五人の一人一人の幸福を足し算して五人の方
が幸福の量が多くなるから、そちらの方を助けるべきだ、とそういうことになると思い
ます。
今の話の中にも半分含まれているのですが、四つ目の特徴として、これが最後の特徴で、
公平性があります。全体の利益を考慮するさい、ひとによっては自分の利益が一番大切
だとか、自分の家族の利益が大切だとか、そういう人もいるかもしれませんが、そうで
はなく、一人を一人として数えて誰も一人以上に数えない、そういうところが重要だ。
ですので、たとえば、功利主義者の中でも意見が分かれる難しい問題ですが、この五人
と一人の誰かが自分の家族であるとか兄弟であるとか子どもであるとか、仲の良い自分
の親でけんかもしていない場合に、そのような状況でどっちを助けるか。功利主義の原
則的には、一人は一人として助ける、と。自分のおじいちゃんだから五人分には数えな
い。こういうことが重要だということになります。
これが簡単な功利主義の説明になります。
(田中)
もう一点おきかせ頂きたいのですが、功利主義という考え方は歴史的に何らかの反論と
して出されたのでしょうか、突然でてきたのでしょうか? どのような背景で出てきた
考えなのでしょうか?
(児玉)
おそらく、一つにはキリスト教的な博愛という発想にも(功利主義の萌芽が)含まれてい
るのではないかと思います。当時の十八世紀のイギリスのジェレミー・ベンサム(ない
しジェレミー・ベンタム)という人が出したときには、それまでの理論が、結局「何を
すべきか」ということがはっきりしていなかった。行為とか政府の政策とかに対してど
ういうことが言えるのかが分からなかった。悪口なのですが、ベンサムに言わせれば、
今までの道徳理論というのは自分たちの意見を正当化するためだけのものであって、自
分たちの意見が正しいと言うために「それは自然法によってそう命じられている」と言
われているだけであって、ちゃんと尺度をつくってから測れるような形で道徳理論をつ
くらなくてはならない、と。これが功利主義が最初に出てきたときの話だと思います。
ですので、帰結という誰が見ても分かるという、みんなにとって重要な幸福というのを
計算に入れようというが、そして、最大多数の最大幸福ということを言い出したという
経緯があるのではないかと思います。
(田中)
ありがとうございます。功利主義に対してはいろいろ誤解も偏見もあるかと思いますが、
今のご意見を参考にして正しい功利主義を学校現場のみなさんも教えて頂ければと思い
ます。
ありがとうございました。

2002年京都大学大学院 文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。 現在、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻 健康科学講座、講師。『功利と直観―英米倫理思想史入門』により、平成23年度の和辻賞(日本倫理学会)を受賞。

