その4:BBC制作の哲学番組を鑑賞

2010年11月24日

写真
小林 正弥(こばやし・まさや)
千葉大学法経学部法学科教授。東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、千葉大学法経学部助手・助教授を経て、2003年から現職。NHK「ハーバード白熱教室」の解説者。

(2010/11/24収録)
今回は、ハーバード・レポートその4としまして、サンデル教授の全面協力の下に、BBCが制作したドキュメンタリー風の哲学映画についてお届けします。

  • Q1: BBC制作のドキュメンタリーの感想について (0:38)
  • Q2: 映像資料の利用の効果について(10:53)
  • Q3: 「哲学とは何ですか」という質問に答えるときの工夫について(13:16)
  • Q4: 日本人受講学生へのインタビューについての感想(18:34)
  • Q5: 一般のひと向けの哲学の講義について(23:04)
  • Q6: 日本版のドキュメンタリーを作るとしたら(26:36)
  • Q7: 日本独特の問題はあるか(33:18)

サンダーズ・シアター内観

書き起こしテキスト

(田中)
哲学の生態に迫るウェブマガジン『フィロソフィー・ズー』哲学ラジオのコーナーを担
当します田中紗織です。

前回は対話型講義に関する小林教授からサンデル教授へのインタビュー報告についてお
届けしました。今回は、ハーバード・レポートその4としまして、サンデル教授の全面協
力のもとにBBCが制作したドキュメンタリー風の哲学映画についてお届けします。それで
はさっそく行ってみましょう。

今日はマイケル・サンデル教授のJusticeの講義に参加させていただいたんですが、ちょ
うど明日からThanksgivingというアメリカの非常に大きな休日のひとつなんです。休日
の前ということで、通常のサンデル先生の講義とは違って、映像資料を使った講義スタ
イルになっておりました。ここで使われていた映像というのが、BBCで放送される予定の
ドキュメンタリー映画風の番組。ハーバードで公開されているJusticeの講義がBBCで放
送されるにあたっての予告編のような番組構成がドキュメンタリー風の映画のスタイル
で作られていました。この番組を一時間程度、ハーバード大学で行われているJusticeの
講義のなかで披露されたというような流れでした。

たいへんこのドキュメンタリー映画の番組が非常によくできておりまして、その感想に
ついて小林先生におうかがいしたいと思います。

(小林)
はい。サンデル教授がみんなに見せたのは、『白熱教室』のイントロダクションとして
イギリスで流すためにBBCが作成したものですね。将来ぜひ、日本でも放送してほしいなぁ
というふうに思いました。

昨日お話ししましたけど、実はアメリカでその12回の講義は昨年放送されて、日本もそ
れに続いています。インパクトが非常に早くあったんですが、来年になると今度は韓国、
イギリスというふうにつぎつぎと放映されていく。BBCの場合は、その本編の放送の前に
ドキュメンタリーを作ったということなんですね。

このドキュメンタリーが、はじめにイギリス、ロンドンから話を始めていって、功利主
義の話をする。そのつぎにドイツにいって、カントの話をする。最後にギリシアにいっ
て、アリストテレスについての話をする。しかもそれぞれの国で、功利主義、カント的
な考え方、そしてアリストテレス的な考え方を信奉している、あるいは今日でもそれを
推進しているひとたちに出演してもらって、逆にサンデル教授のほうがその方々の意見
を聞くという形でインタビューしていく。それからいろいろな事例を映像化して、とて
も面白く紹介していたんです。さらにそのことについて一般のひとたち、街のひとのイ
ンタビューを聞く。そういう作りになっていて、非常に面白いものでした。かいつまん
で重要な面白いところを紹介してみたいと思うんです。

たとえば、功利主義は歴史的にはベンサムの話から始まっていくわけですけれど、実は
今日、功利主義を代表する哲学者のひとりであるピーター・シンガーというオーストラ
リアの哲学者が登場していて、サンデル教授と対話をするという形で功利主義について
の話を進めていくわけですね。ピーター・シンガーというひとは、実は功利主義的な立
場に立って、動物の権利を擁護するという非常に重要な議論をしております。千葉大学
にも来ていただいたことがあり、私もそのさい、教授と夕食をしたことがあるので、こ
こで出てくるように驚いたなという気がしたわけですね。

しかもこの番組冒頭、かなりショッキングな始まり方をしている。9・11以後のアメリカ
で、テロリストに対して、政府は虐待というか拷問(”torture”)を加えることによって
真実を告白させようとしたわけです。そういう拷問が許されるかどうか、というような
テーマから始まっていく。しかもそれ映像化しているわけですから、なんかすごい迫力
あるんですけどね。それがはたして正義に即するかどうかという問いかけから始まって
いくわけですよね。論理的に考えてみると、功利主義の立場から見ると、これはやっぱ
り多くのひとびとを救うためにはやむを得ないのではないかという議論が出てくる可能
性はあるわけですね。他方でカント的な立場から言えばもちろん、そんな拷問は人間の
尊厳を傷つけることだから、いくらほかのひとを救うためとはいえ、人間を手段として
いいはずがないという批判になってくるわけですよね。

こういう厳しい現代的な問題点ですね。実は、サンデル教授の書かれたJustice(『これ
からの正義の話をしよう』)という本のなかでは取り上げられている事例ですけれど、
『白熱教室』のほうではあまり取り上げられていなかったので、印象にあまり残ってい
ないひとが多いんじゃないかと思いますが、今日の問題を考えるうえではとても大事な
問題です。BBCはそれを正面から取り上げて、これに関連するテーマをつぎつぎと出して
いって、しかもサンデル教授の三つの立場からの議論をそれによって考えていく。非常
にその意味では、迫真の、迫力のこもった番組だったんだと思うんですね。

たとえば、いまの拷問の例に関連する論点でいくと、ドイツでは、ああいう飛行機がビ
ルを襲うという状況になったときは、それに気がついた政府はその飛行機を撃墜してよ
いという法律を作ったということなんですね。ところがドイツの最高裁判
所は、あとでそれについて違憲判決を出した。こういう事例だったですね。

これについて考えてみる。功利主義的な立場から見ると、やはり多くのひとびとを救う
んだからやむを得ない。しかしやはりカント的な立場から見れば、それはまさに無実の
ひとを殺してしまうわけですから、許されないことであるということになっていくわけ
なんですね。しかも、それを抽象的な議論として言っているだけではなくて、実際にそ
れぞれの立場を擁護しているひとたちに、意見として言わせている。たとえばピーター・
シンガーに聞いていくわけですね。私もピーター・シンガーが動物の権利論をやってい
ることをよく知っていますけど、「いまいったような事例でどこまで言うかなぁ」とい
う感じで見ていたところ、やっぱりピーター・シンガーは功利主義だなぁと思ったんで
す。「そういうこともやむを得ないんだ」というふうに言い切るわけですね。いろいろ
彼にとって厳しい事例なんかも出していく。ピーター・シンガーは動物の権利を守るひ
とですけれど、サンデル教授は今度は「動物に対して虐待するという場合に多くのひと
びとが喜んだらどう思うか」とかね。こんな事例を出してくると、みんな「難しいケー
スだなぁ」と言いながら、彼はやっぱり功利主義者の立場から考えていくという姿勢を
貫いていく。

あるいは今度はドイツのほう。彼女はジャーナリストですかね。専門家的な哲学者じゃ
ないですけど、非常に明快なカント的な立場に立って議論していくひと。そのひとはや
はり、さきほどのような事例において、個々人のやはり人間の尊厳を守るということか
ら拷問に反対する。あるいはテロリストに乗っ取られた飛行機を撃ち落とすことに反対
する。そういうような議論をしていた感じがしますね。

いま問われている非常に深刻な問題に対して、それぞれの立場に立つひとがどういう結
論を出すか。それを非常にリアリティを持って、サンデル教授が引き出していた。
Justiceの本、あるいは『白熱教室』では、歴史的な哲学者の考え方が出てきてその考え
方を推すとどうなるのだろうかという話で進んでいくんですけれど、今度は現実にその
考え方を支持しているひとが実際にそのことを語っているので、よりリアリティを感じ
たという気がしますね。

それからドイツでは面白かったのは、例のカントと嘘の問題ですね。非常に印象的な例。
殺人犯が襲ってくるあるひとを家にかくまうときに嘘をついていいかどうか。こういう
事例ですけど、これも映像化していた。私ははじめ「あれを映像化するとなると殺人犯
はすごいおっかない男のひとかな」と思ったら、出てきたひとは女のひとでちょっと面
白かったですけれど(笑)。まあリアリティを持った映像の例でした。

最後にアリストテレスの話をするときには今度はギリシア。当時「アゴラ」という広場
で議論をしていた。その場所にサンデルが行かれて、「ここでそういう議論をして、政
治の重要なことを決めていたんだ」というふうに言ったんです。私はそれを見て思った
んですが、そのアクロポリスという丘にあるアゴラの場所もものすごく大きなひとが集
まって、直接民主主義をしていたわけですね。サンデル教授は日本で1,000人相手の対話
型の講義をされましたけど、人数的に言うともちろんもっと多いわけですが、しかしそ
ういうパブリックな場での議論というものが政治をより良いものにしていくという可能
性を、そのギリシアのアゴラに立ちながら、あるいはアクロポリスに行きながら、サン
デル教授は話していったというふうに感じた。結論としてはもちろん、いまでは少数派
になっているアリストテレス的な考え方というものが政治にとって意味があるのではな
いかという感じで終わっていくわけですけれども、やっぱりここの、思想的な原点、そ
して目的というものが、映像化されて現れているという点でも、印象的だったような気
がします。

(田中)
はい、ありがとうございました。NHKで放送された『白熱教室』の場合は、サンデル先生
のJusticeの講義から始まったわけなんですが、今度イギリスのBBCで放送される
Justiceの講義というのは、たいへん印象的な映像を使って「哲学とは何か」であるとか、
マイケル・サンデル教授が扱うJusticeという講義で扱われているテーマというのはいっ
たいどういうものなのかというのを、哲学とは何かという知識を持たないひとに向けて、
非常に分かりやすく映像で伝えているなと感じました。こういった映像資料があるのと
ないのとでは、講義に対する興味の持ち方っていうのが変わってくると思うんです。今
後BBCでJusticeの講義に対して、非常に大きな関心が集まるんではないかということを
予想できるんですけども、そのへんについて小林先生、どのようにお考えになるでしょ
うか。

(小林)
そうですね。さきほど言ったように中身自体も面白いですけど、映像も面白かったです
ね。冒頭のベンサムのところは、前の『白熱教室』でも若干出てたけれど、またあ
のベンサムの剥製が出てくる。それについて、一種の世話というかふだん感動している
ひとたちが出てきて、サンデル教授がそれを見ながら、「いつもなんて呼んでいるんだ」
というようなことを言って(笑)、思わず笑ってしまったシーンもありました。この迫
力ある画面とユーモラスな話が交互に出てくるという感じですね。ですから、『白熱教
室』自体も非常にリアリティを感じるんですけど、あの場合は仮想的な例という感じで
進めることも多かった。今回は現実の深刻な問題、9・11以後の問題をストレートに取り
上げる。そのなかでJusticeが問われているということを言っていますし、現実の哲学者
やジャーナリストが言っていることと対照させながらやっていくので、このJusticeとい
う問題がいかに今日の一番重要な問題と切り結んでいくかということ。これを理解する
うえでも、さらに意味があるかなと。これはある意味では人間の命に関わる非常に重い
問題提起であるので、その点を確認するという点では、この番組から見たらたしかに、
よけい12回の講義を真剣に見るだろうなというふうに思いましたね。

(田中)
「哲学とは何か」という問いに対して具体的なイメージが湧かないひとには、「哲学っ
て答えはあるんですか」というような問いをよく発するような方もいらっしゃるように
思うのです。こういう映像を使うことによって、その問いの答えというのは非常に歴史
的にも、長く議論されてきて、今日においても、意見が真っ二つに分かれている、対立
関係があるということを伝えるためのすごく絶好な資料になっていたかと思います。先
生も、「哲学とは何か」という素朴な質問を受けることが多いと思うんですけれども。
たとえば、「宗教との違いは何ですか」とか「哲学に答えはあるんですか」というよう
な素朴な質問を、まったく哲学ということを勉強された経験がない方から聞かれる経験
があるんじゃないかと思うんですが、そういうときに映像の資料などは使えないとは思
うんですけども、どのような工夫をなさいますか。

(小林)
このあいだすこしお話したかもしれませんが、ちょうどビジネス・スクールのほうでサ
ンデル教授に「どういうふうに教えたらいいか」というアドバイスを求めたときの答え
が非常に印象的なんです。「哲学って結局、答えがないんじゃない? なぜならこんなに
たくさん考え方があるんだから。たとえば、それを学生たちに話させても、『自分はこ
の哲学』、『自分はこの哲学』という形で終わってしまうんじゃないか」。日本語でも、
私はよく最近「ポリシー」という言葉を聞く。「これは私のポリシー」「これはあなた
のポリシー」。その「ポリシー」という言葉はそれで深めていく言葉ではなく、それで
終わってしまう言葉なんですよね。「それはあなたのポリシーね。じゃあそうすれば」
みたいな(笑)。「私はでも別の考え」という話で終わってしまう。サンデル教授いわ
く、「それはあくまでもスターティング・ポイントだ」。お互いが、自分がいまどうい
う立場かということを確認するところから議論は始まっていくわけだけれど、そこから
さらに深めていくことが問題だと。そして深まっていくからと言ってひとつの結論に全
員が合意するというわけではやはりないわけですよね。でも議論していくことによって、
それぞれの考え方が発展して深まっていく。もちろん場合によっては変わることもある。
その深さですね。これが哲学をするということの意味だと。その経緯をする前に、なん
となくばくぜんと功利主義的な発想だったひとが、功利主義の発想を知って議論して、
より確信を持つ功利主義者になっていくという場合もあるでしょう。なんとなく市場主
義者が確信を持つリバタリアンになっていく(笑)。なんとなく人間の善とか人柄だと
思っているひとが確信を持つコミュニタリアンになっていく。そういうことはあるし、
また議論しているうちに「ちょっと自分の考え方はおかしかったかな」というふうになっ
て変わっていくということもあるだろう。

でもそれをすることによって、そういうことを考える前よりも、自分の人生を悔いなく、
そして深い意味で生きていけるようになる。これが哲学の最大の意味だと。そして民主
主義というものを考えたときに、民主主義の最大の問題点は、まさに今日映像で見てい
たわけですけれど、ギリシアはアクロポリスでやっていた政治が結果的には衆愚政に陥っ
てしまった。民主主義はやっぱり多数決によって決まるというイメージがありますけれ
ど、それが浅い見解によって多数派が決めてしまうときには、間違えた方向に行ってし
まう危険性がある。それを妨げるための最大の方法というのは、ひとりひとりが自分の
意見を深く考えていく、そのうえで良質な議論をしていくということ。それを可能にし
ていくものこそが哲学だというふうに思うわけですね。だから結論が必ずしもひとつに
一致しなくても、そういうプロセスを経る結果、あるいは政治であれば政治の結果とい
うものは、それをする前に比べると、良質なもの。したがって、多くのひとびとのため
になるものであるという可能性が高いだろう。だからサンデル教授は、今日私との会話
で”public education”という言葉も使っていらっしゃいましたけれど、こういう多くの
ひとたちに対して哲学を考える機会を提供するということがやはりパブリックなデモク
ラシー、民主主義というものに非常に大きな意味を持つんだというふうに思っている。
だから哲学というのが、悪いイメージでは「何のために役に立つのか分からない」とい
うふうに言われがちですけれど、こういう実際のさまざまな正義が問われる局面という
のはだれが考えてみても、ここにおける正義というものが人間のイメージを左右してく
るわけですから、その意味というのは分かると思うし、それが結果としてはたとえばナ
チズムのような問題を妨げるということには、大きな意味はあるわけです。そういう点
で哲学というのは実際の意味を持つということを、非常にはっきりと示してくれるよう
なレクチャーだなと思うので、そういうことを、私も実際の事例をいろいろ使いながら、
やっていきたい。これは海外の事例だけではなくて、日本の事例も考えて展開していく
といいなというふうに思っています。

(田中)
はい、ありがとうございました。今日は、この講義の最後のほうでマイケル・サンデル
教授にご挨拶しようと待っていたところ、一人の日本人の学生さんがサンデル教授に質
問をされていました。彼は小林くんという、小林先生とたまたま同じ名字の学生さんで、
非常に鋭い質問をサンデル教授に投げかけていたんです。彼に時間を頂いて、単独イン
タビューをさせていただきました。その様子については詳細をはらせていただきたいと
思いますので、お聞きいただければと思います。

小林先生は小林くんのインタビューをお聞きになって、どのような感想を持たれたかお
うかがいできますか。

(小林)
そうですね。『白熱教室』を見るといろいろな多国籍のひとたちが発言をしていて、そ
のなかでアジア系のひとたちも相当いるわけですね。ですから、私たちもせっかくこち
らに来たので、「日本人でハーバードのこの講義に出ているひとがいるといいなぁ、話
を聞きたいなぁ」と思っていたところ、彼がちょうど現れたので、あとで話をしてイン
タビューをした。そういう経緯なんです。

その意味で、ひとりの若い日本人がこの講義を聞いて非常に考えを深めてきているとい
うのを直接見聞きすることができて嬉しかったですね。いろんな点で「なるほど」と思っ
たところがありました。サンデル教授とか、あるいは講義のティーチング・フェローか
なぁ。そのひとたちの話を聞くというのはある意味で講義をオーガナイズしている者か
らの見方なんですけれど、今度はそこに参加している学生さんのほうから捉えて、どう
いうふうに活かしているかがよく分かりました。双方の言っていることにズレはまった
くなくて、まさに表裏の関係にある。講義を作るほうはこういう意図で講義を作ってい
て、それを受け取っているほうはそのなかで必死に勉強してこういうふうに考えていっ
た。このことが、ある意味ではまさに意図した通りの成果を挙げているなという感じも
しました。逆に言うと、学生のほうも、必ずしもサンデル教授の講義だけではなくてほ
かのハーバードの講義についてもいろいろと言ってくれて、非常に優れた講義が多いな
とあらためて思ったわけです。そういう教育の意味というものを実感したということで
すね。

それから日本との関係でいきますと、彼が言っていたなかで面白かったのは、愛国心ね。
ある学生が「自分は愛国心はない」と始めたところ、ほかの学生がそれに対して非常に
冷ややかな批判的な態度を示した。彼は逆に驚いて、日本でそういうふうに言っても、
そんな反応は出てこないんではないかと。これを聞いて私は非常に思い当たることがあっ
たんです。『白熱教室』の11回目に愛国心を取り上げているテーマがあるんですね。こ
のときに、やはり愛国心を支持するコミュニタリアンが非常に多いので、サンデル教授
はわざわざそれに反対する側に自分は与するという感じで、愛国心に対する問題点を自
分自身で指摘した。「なんでああいうふうにしたのかなぁ」と思ったところもあるんで
すけども、当時のアメリカのなかで少数派であった、ますますいま以上に少数派だった
ですね。ブッシュ政権の戦争のときですから。ということで、それを激励して意見を
言わせようとしていたという文脈がよく分かった。またある意味で面白いのは日本のほ
うが共同体が強いというふうに思われていて、その点ではふつうに考えてみれば愛国心
が多くてもおかしくないのに、逆に個人主義が強いと言われているアメリカのほうで愛
国心が強調されていて、その点を見るとコミュニタリアンが多いような感じがする。そ
の点、非常にパラドキシカルな状況がこの愛国心の問題をめぐって、日本とアメリカで
存在しているというふうにも感じました。これは愛国心というのはナショナリズムとか
戦争の問題、政治参加の問題と関わる非常に重要な論点なので、『白熱教室』のひとつ
の文化的な背景としても認識しておくといいかなぁというふうにも感じたわけです。

(田中)
はい、ありがとうございました。最初のほうのBBCの映像というのは、哲学をこれから専
攻する学生向きではなくて、もっと広い一般のひと向けの紹介映像だったわけなんです。
実際のJusticeの講義で単位を取得するには非常にたくさんの課題をこなして、原典の論
文を読んで、ティーチング・フェローたちが開催しているセッションに参加をして、そ
れでかつ、あのJusticeの講義に週2回出席しないといけない。たいへんハードなスケジュー
ルでJusticeのなかで扱われているテーマに取り組んでいるということが、小林くんのイ
ンタビューによって非常によく理解することができたと思います。

こういう一般のひとに向けた資料映像と実際にもっと哲学を知りたいひと向けの講義の
スタイルというのはまったく別のものだとは思うのですが、それぞれ何かサンデル先生
はご自身に責任を持って「こういうことをやりたい」ということで協力なされていると
思うんですけれども、そのへんについて小林先生、どのようにお感じになりましたか。

(小林)
さきほども言いましたけど、やはりpublic philosophyの一環としてのpublic
educationという意識を非常に強く持っていらっしゃると思いますね。このドキュメンタ
リーの制作に協力するということも、当然ながらその発想はもちろんBBCがやった部分も
あると思います。けれど実際そういう論点を取り上げるということはサンデル教授は賛
成してやっているか、場合によってはサンデル教授のほうから「こういうテーマでやろ
う」と言ったのかもしれない。このへんもまたお聞きしたら面白いかなと思うところで
すけれども、BBCのこの本格的な社会的意識に応えて、こういう映像を作る。さらにまた
『白熱教室』の12回そのものも広く公開をする。それによって、これまで教室のなかで
非常に大きな人気を得ていたわけですけれど、それを公開して多くのひとびとに見ても
らうことによって議論の質を高めていこうという熱意がいろいろな形で現れていく。あ
る意味でその今日のドキュメンタリーにおける会話ですね。哲学者とかドイツのジャー
ナリストとの会話を見ても、やっぱりサンデル教授一流の巧さがあるなと。なかなか、
対話自体は見てても面白いですからね。ソクラテスの対話をすこし思い出すわけですけ
れど、ソクラテスはアテネのアゴラに出ていって話をして、当時の有名なひとのなかで、
相手が実は真実のことを知らないんだということを引き出していく、明確にしていく。
今日サンデル教授は、功利主義者とかカント主義的なひとと、それぞれの母国にまで行っ
て、話すことによって、しかしサンデル教授の答えに対して相手が原則に基づいて答え
てくるわけです。それを見ている、すくなくとも私の観点から見ると、相手の立場の限
界が浮き彫りになってくるような映像だったと思うんですよね。だからそれはある意味
で世界をあちらこちらに動くことによって、その哲学的な立場の意味もあるけれど、し
かし限界を明らかにして、そして善き生について考えさせるということをある意味で世
界的な規模でやっているような気もする。私はやはりソクラテスがやったような対話的
な方法を、今日のメディアを使いながらやっているというふうに見えますね。

(田中)
はい。最後にお聞きしたいんですが、日本でこういったBBCで放送されたような番組を、
日本のために作るとしたら、どういう主義主張の対立を扱えばよいのか。またどういう
事例を扱えば、いまの日本で起きている問題に関して哲学的な興味を持っていただける
のか。そのへんの工夫のしどころはいろいろ考えるところがあると思うんです。たとえ
ばBBCの場合は功利主義的な立場とカント主義的な立場を用いて、9・11のときに実際に
あった拷問は正義にかなうのか、正義なのかということを問いかけていくという構成に
なっていたわけなんですが、日本ではどういうふうにしたら一般の方に哲学に興味を持っ
てもらえるような素材ができるかというところ、先生の意見をおうかがいしたいと思い
ます。

(小林)
ちょうど日本版『白熱教室』ということでまもなくNHKの方々が千葉大学の私の講義を収
録にいらっしゃるということで、日本でどういう事例を扱うといいかなというのを考え
ているところでもあったんですね。やはり将来、『白熱教室』そのもののように、全体
的にあのテーマを論じながら、日本の事例で議論していくということをしたいと思うし、
またそれがドキュメンタリーにできたらもっと面白いかなという気もするんです。いま
たとえば考えている例を言いますと、かなり実は今回のBBCに近いところがあります。サ
ンデル教授が広島で扱った原爆の投下の問題。これはサンデル教授の場合は、原爆の投
下についていまのアメリカの大統領が世代が違うのにもかかわらず謝罪すべきかどうか
という問題提起だったんですが、それの前の問題として、そもそも原爆投下が正義であっ
たかどうかですよね。アメリカ側は、アメリカ人の莫大な生命を救うために正義であっ
たというふうに言っているわけですけれど、そもそもそういう論理が正しいかどうかと
いう議論をしていくことがありうるなと思います。それから今度はイラク戦争とか、あ
るいはアフガニスタン戦争のときの議論ですよね。同じようなテロの被害が起こること
を避けるために、アフガニスタンを爆撃するという、こういう議論。これが正義かどう
かという議論。こういった議論も十分成り立つなぁと思うし、それから、功利主義に関
係するような議論でいけば、フォード社の、ピント社の欠陥をどうするかという問題あっ
たと思いますけれど、ああいった例は日本でも、雪印の問題とか、欠陥車の問題も日本
であったわけですから、そういうような企業の問題ですね。いろんな事例が出てくる。
あるいは公害のときですね。公害のときに、企業あるいは政府の側から見れば、経済発
展を可能にするために利益を上げるために、たとえば水俣病のような問題の原因をなる
べく認めたくなかったとかね。こういう事例がつぎつぎと出てくるかなぁというふうに
思うので、功利主義に関する例はとてもたくあんある。

それからリバタリアンに対する例もたくさんある。リバタリアニズムと言えば、自己責
任論。ちょうどイラク戦争のときに、海外でトラブルにあったときに、「あんなとこ行
くからだ」といって自己責任論ということでかなり批判を浴びたということもある。も
ちろんリバタリアンの中心的な部分に即して言えば、ホリエモンとか、村上ファンドと
か、当時の華やかだったひとたちの主張と、その後のことを対比しても面白いと思う。
あるいはリバタリアンの文化的な面で言えば、これはもう千葉大の講義で扱って非常に
一部で報道されましたけど、援助交際をどう考えるかとかね。あるいは自殺幇助ですね。
安楽死問題。こういう問題も、諸外国と同じような問題としてある。そう考えてみると、
リバタリアンの例に事欠かないなというふうに思いますね。

ロールズの例も、やっぱり日本にもやっぱりあるわけです。ロールズの場合、基本的に
福祉を考える問題なので、かなりアメリカで扱っている例と近いところもあると思うの
ですけど、今度千葉大では「世界の貧困問題」という私が昔やっていた講義をひとつの
出発点にする形で、ロールズ的な議論を世界にどう適用できるのかできないのかという
ような議論にもなるだろう。

それからコミュニタリアンの例も、これは本当に数多いわけです。100歳以上の高齢者の
行方不明問題とか、幼児虐待の問題とか、家族の崩壊の問題とか、やっぱり諸外国と似
ているけれど日本で最近は話題になったようなテーマがたくさんあるわけですよね。で
すからやはり、BBCの取り上げていたような戦争の問題。これ非常にシビアな問題として、
いま言ったように扱っていくべきだと思う。最近の事例でいくならば日中間の紛争の問
題ですね。そしてそれをめぐって今度は映像が公開されてしまった、これが正義かどう
か。これもうすでに日本でもそういう議論が出ていますよね。それからグリーンピース
が鯨肉の問題。「横流しされてるんじゃないか」という告発したところ、逆に自分が有
罪にされてしまった例とかね。あるいは検察審査会もありますね。検察の不祥事の問題。
それから審査会が小沢氏を告発して起訴させたという例とかね。

これも全部正義に関わる大問題なんですよね。もちろんそれぞれの事例が法律的に見て
どうかということも議論はあるけれど、法律とまた別の次元でそれが正義なのかどうか
ということを考える。そうするとこれは、まさに政治の一番中核に突き刺さっていく大
きな問題に関わっていくなあと思うんですね。BBCのようなスタンスで扱っていくならば、
そういう日本政治の最大の問題について、正義の観点から考えてみよう。こういう議論
を組み立てていくことができるんじゃないかという感じがするんですね。

功利主義とか、リベラル、リバタリアン、コミュニタリアンというのは、普遍的な意味
を持つ議論だと思うので、日本でもそういった事例を、いま言った理論的な枠組みを使
いこなしながら議論していく。そういうパブリックな哲学の試みをしてみたいという気
がしています。

(田中)
はい、ありがとうございました。いまお話いただいたのは、BBCで扱ったようなテーマと
重なる部分で日本でもそういう普遍的な構造が見られるので、そのような構造を使って、
【???倫理的???】事例を扱うことができるというお話だったんですけれども、たとえば、
そういう普遍的な構造、諸外国と同じような構造だけでは問題が解決することができな
い、日本独自の問題というのもあるような気がします。アジア文化における儒教的な思
想の影響ですとか、恥の文化ですとか、ウチとソトの文化ですとか、あるいは小林くん
が言っていたような愛国心に対する態度ですとか、そういう日本に独自に文化として根
づいているような思想というものも、あらためて取り上げることによって、諸外国に対
して「日本はこういう国なんだよ」というようなことをアピールするようなきっかけに
もなるんじゃないかというように考えるんですが、そのへんのところはいかがでしょう
か。

(小林)
そうですね。さきほどの小林くんの例で言うと、あの場合はたとえばコミュニタリアニ
ズムという、これはある意味で普遍的な議論。この議論との関係で、アメリカ人と日本
人の反応が変わってくることがある。だから議論の成り行きは変わってくるわけだけれ
ど、それを見ている視覚はかなり普遍的であるわけですよね。それからそもそもコミュ
ニタリアンの考え方自体が各文化に即して見ていくということを強調しているわけだか
ら、コミュニタリアン的な議論の中身というか結論は実は、その文化によってかなり変
わっていく部分が含まれてくるわけですよね。それでもちろん、アメリカの公共哲学と
して発達をしたサンデル教授のフレームワークと、たとえば日本の状況を考えるときに
必ずしもサンデル教授が見ていない部分を、日本の場合には強調していくということが
必要になってくるということはありうるわけですね。

たとえば、日本の公共哲学の場合には「公」と「公共」というものの違いを非常に強調
していますが、それはやはり日本が国家と官僚制が強くて、それに対して民の公共とい
うことを非常に強調するという必要があったからですね。アメリカの公共哲学、サンデ
ル教授の議論を考えた場合には、実は同じことは言っていて、官僚制がひとびとの無力
感を高めているということも言っているので、それに対してコミュニティの再生が必要
だという議論をしているわけですね。ですから議論のなかに含まれているけれども、強
調度から言えば、日本の公共哲学はそこに強調点を置いている。サンデル教授の場合は
むしろコミュニティのほうに強調を置いている。そういう強調点の違いがあるかな。

このへんはやはり文化の、あるいは社会の状況による、問題の立て方のウェイトの問題
になってくると思うのですね。私は、相当程度まで普遍的なフレームワークで議論して
いくことができると思うんですね。そのうえで日本の状況を考えるさいのフレームワー
クを発展させれば、それは実はアメリカやほかの国々を考えるさいにも役立つだろう。
ですから各国の事例で、それぞれの議論を発展させていくことによって、全体として非
常に豊かな議論が発展をしていくことができるだろうと思うし、それぞれの事例は、実
は共通の問題を含んでいながら、反応としては相当、外国によって違うことが出てくる。
そのへんを、いまアメリカで始まったこの試みが、諸外国の事例と結びつくことによっ
て、より普遍度の高い豊かなフレームワークに発展していく可能性があるのではないか
なというふうに思っております。サンデル教授はGlobal Classroomという理想を語って
いますけれども、そこでそういう試みをしてみたいなというふうに思っています。

(田中)
はい、ありがとうございました。今日小林くんが言っていた言葉のなかで印象的だった
のが、アメリカの学生と対話をするときに、なかなか自分たちのカルチャーとして相手
を説得するというようなカルチャーのなかにいなかったので、ついつい相手の説得力に
負けてしまって、なかなか自分がどう考えているのか、自分が根ざしている独自の文化
は何なのかということを考えながら、相手を説得するというのが非常に難しいというこ
とを考えているということを仰っていました。ですので、私たち、哲学というものは何
なのかということを発信する側としては、Global Classroomで諸外国の学生さんたちと、
対話をしていく学生さんの後押しをするような試みを非常に必要なんじゃないかなとい
うことを感じました。そのような課題について、いろいろ今後も、あらためて考えてい
きたいと思います。先生、今日はどうもありがとうございました。

(小林)
ありがとうございました。ぜひ小林くんのような果敢に世界に挑んでいく学生が日本に
増えていくことを望んでいます。

(田中)
はい、ここまでハーバード・レポートその4としまして、サンデル教授の全面協力のもと
にBBCが制作したドキュメンタリー風の哲学映画について小林教授とともにお届けしまし
た。次回は、ハーバード大学に在籍中の小林亮介さんのインタビューをお届けします。
引き続き、お付き合いください。では、また。