福島の高校生、国内外の高校生と放射線外部被ばく量の比較実験を行う

2016年2月10日

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哲楽編集人・田中さをり
千葉大学大学院にて哲学と情報科学を専攻し、それぞれ修士号、博士号を取得。現在、高校生からの哲学雑誌『哲楽』をはじめ、様々な媒体で科学技術や哲学に関する執筆編集活動を続けている。

小野寺悠さんは、福島高校の三年生。スーパーサイエンス部物理放射線班に所属している。もともとは管弦楽部で活動していた小野寺さんは、一年生の終わり頃の2014年にスーパーサイエンス部に転部した。福島第1原子力発電所の事故がもたらした放射線の問題について、メディアから流される情報のどれを信じていいかわからず、自分で判断することができないもどかしさを感じていた。

空間線量の基礎知識から学びたいと勉強を始めたが、やがてそれは個人の外部被ばく量を比較する国際的で大規模な実験に発展した。東京大学大学院の早野龍五教授(物理学)の協力も得て、その成果は2015年11月、200人以上もの共著者とともに、査読付きの英文ジャーナル「Journal of Radiological Protection」に掲載された。タイトルは、「Measurement and comparison of individual external doses of high-school students living in Japan, France, Poland and Belarus—the ‘D-shuttle’ project—」で、現在、オンラインで公開されている。

2016年2月8日、小野寺さんは、早野教授とともに、日本外国人特派員協会で記者会見を開いた。この論文の内容をすべて英語で説明し、記者の質問に答えた。ここではこの論文の概要と、質疑応答の一部をお伝えしたい。

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日本外国特派員協会で会見した小野寺悠さん(左)と早野龍五教授(右)。Photo: Saori Tanaka

 

2014年に著者らが行った実験では、国内外の高校生と教員にD-シャトルという個人線量計を配布し、2週間普段通りに生活しながら、日々の行動記録をつけてもらった。データは国内外の高校から集まり、日本から12校(うち6校が福島県内)、フランスから4校、ポーランドから8校、ベラルーシから2校、最終的に216名の高校生と教員がこの実験に参加した。結果として、年間に換算した外部被ばく線量に地域ごとの大きな差は見られなかった。全体の外部被ばく線量を、年間に換算した中央値で比較すると、避難区域を除く福島県内で0.63〜0.97ミリシーベルト、日本の福島県外で0.55〜0.87ミリシーベルト、フランス・ポーランド・ベラルーシで0.51〜1.10ミリシーベルトだった。

論文内でこの結果を検討する章では、自然放射線について触れられている。福島県内の自然放射線量は比較的低い。このため著者らは、福島県内では原発事故後に原発由来の放射性セシウムによる放射線量が上がったにもかかわらず、個人の外部被ばく線量が、福島県外の外部被ばく線量とそれほど変わらなかったと考えた。これについて会見で、政府による除染が功を奏してこの結果につながったのかと尋ねられると、早野教授は、最初の数年ではセシウム134による外部被ばくへの影響が最も大きかったが、2年の半減期を過ぎた現在は、その影響が減少していることが寄与しており、さらに幸いにも福島県内の自然放射線量が低かったことから、半減期が長いセシウム137などの原発由来の放射線量の影響が足されても、他の地域との顕著な差が生じなかったと説明した。

土壌に含まれる核種からの空間線量の推定を行った上で個人線量計のデータとの相関をみた本論文だが、データが公開されることから、個人線量計のデータとの相関については専門家の間でさらに議論が進むと見られる。

論文の結論となる最後の一文には、「リスク・コミュニケーション」という言葉がある。個人の外部被ばく線量の測定と行動記録を合わせた手法は、「リスク・コミュニケーション」に役立つとして、この論文は締めくくられているのだ。哲楽からは、この言葉がどんな意味をもつのか問いかけたところ、小野寺さんはこう答えた。「個人線量計と行動記録のデータにより、どこでより高い放射線にさらされるかがわかるようになった。私たちはこの結果をこの土地に暮らす人々に知らせることができ、そうした人々も測定して、生活を改善することができる」。さらに、この研究によって「客観的で科学的な事実によってリスクを評価する重要性がわかったので、このことを心に留め、他の人にも伝えていきたい」と加えた。

別の記者の質問に、将来は「分子生物学者になりたいので、放射線とはあまり関係ないのですが」と小野寺さんは笑った。科学的な手法で事実を知り、判断し、人に伝え、未来を語り、笑う。この日、小野寺さんが示したのは、2年前に始めた実験と連続した、「生きる態度」でもあった。

※会見の内容はYoutubeから公開されています。

 

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