ゲーテと染織と :「人間が発見すれば秘密が解き明かされる」

2014年5月20日

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志村ふくみ(しむら・ふくみ)
1924年生まれ。初めての染織作品「秋霞」で、第五回日本伝統工芸展を受賞する。1983年『一色一生』で朝日新聞社主催の大佛次郎賞受賞。1990年、重要無形文化財「紬織」保持者(人間国宝)として認められる。現在も、精力的な制作活動を続けている。

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shimura-b染織家の志村ふくみさんが作品を作っておられる都機工房は、京都の嵯峨野、釈迦堂の角を曲がったところにある。角を左に折れると、目の前の嵐山から流れてくる風が、私の高揚した身体を包むようにして、背後にある釈迦堂の通用門に通り抜けて行った。

工房では、娘さんの洋子さんと5人のお弟子さんたちが染色作品の制作に取り組んでおられた。壁にかけられた月のカレンダーを指して、洋子さんは「藍を立てる日を月の満ち欠けで決めているのよ」とおっしゃった。

その工房で精力的に創作活動をなさっておられる志村ふくみさんに、今回無理を申し上げてお時間をいただき、一番伺いたかったのは、志村さんがなぜゲーテの自然と神の存在論に共感したのか。神は自然のなかにあり、自然は神のなかにあるとはどういうことなのか、ということだった。私は10年来の志村さんの随筆と染織作品のファンだった。いつもは遠くからその作品を眺めているだけの志村さんに、今回この問いだけは伺いたかったのだ。

志村さんとゲーテの出会いは、不思議な縁でめぐってきた。志村さんが柳宗悦の民藝運動に共感して苦闘のすえ染織家になり、詩人の大岡誠さんの進めで本を出版するその間に、高橋義人さんの著書を通じて、ゲーテの色彩論を手にしたのがその始まりだ。植物から緑色を出すことがどうしてもできないことに悩んでいた時の、まさにそこから視界が切り拓けるような出会いだった。「一体なぜ緑が出ないのか。これが大問題で。不思議で不思議で。」志村さんは少女のように当時の思いを語った。 「それで緑の謎は解けたんですか?」私の問いに、志村さんは、もちろんですよと笑った。緑は酸素の供給という大きな役目を果たしてくれている。「お役目が向こうにいっちゃってるんですよ。だから出ないんです。」

志村さんによると、現存する染織のうち最も古く美しいものは、約1200年前に公明皇后が正倉院に収めたのもので、そのルーツは、イランにいってもトルコにいっても見つけることはできなかった。そんな最古の布を現代まで残してきた日本人は、自然の美しさを捉える感性をもってはいるが、それを論理的に構築することはしてこなかったという。

ひょっとしたら日本にも現存のものよりずっと昔に書かれたものがあったかもしれない。ただ、西洋で羊の革や石に刻まれた書物が残された代わりに、日本では植物で染められた布が戦火をくぐって残されたのかもしれない。だからこそ、現代の日本人の染織家の志村さんと、ドイツ人の哲学者のゲーテの出会いによって、光のもとに自然の色を見る古代の人達の思いがしっかりと交差したのではないだろうか。

ニュートンの色彩論が線形なのに対し、ゲーテのそれは環状だと、志村さんは手を動かして机にその違いを描いた。「緑を見たい時は対角線上の補色関係にある赤をじっと見てめを閉じればまぶたに表れる。人は色をあらかじめもってるんですよ」と。色を通して人と自然がつながっていることが確認できる。志村さんの織物の色がいつ見ても「懐かしい色」として目に映る理由は、ここにあったのだ。

この日の工房では、誰も見たことのない新しい色が表れた。「自然は秘密を解き明かしてくれるっていいますけど、実は秘密も何もないんです。人間がそれを見た時にそれを発見すれば秘密が解き明かさたっていうことなんですよね。そういうことは毎日のように私たちは体験しています。」この志村さんの言葉が、ゲーテによる自然と神の存在論との邂逅が必然だったことを表していた。志村さんの生き方が、ゲーテの言葉をたぐりよせたのだ。

正倉院に染織という宝物を収めた時代の人々は、その目で植物の色を見ていた。そしてその色を糸に染め、織り、残した。かつてあった植物の色であり、今ある植物の色だ。高貴な人々が後世に何かを残すとき、歌や宝石というのは世界中ありふれたものだ。私たちは正倉院に残された植物の色を「懐かしい色」として、さらに後世に残せるのだろうか。星の光を眺める時のように、後世の人たちはその色を慈しみ、その不思議に思いを馳せることができるだろうか。

「私たちは今、ぎりぎりのところなんです」志村さんの言葉は重い。

 

志村ふくみさんの記事を含む「特集:自然と暮らしの哲学」は哲楽2号でお読み頂けます。

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