15歳で止まった時間、ひきこもりの哲学

俵 邦昭(たわら・くにあき)

2010.11.02

秋晴れのある朝、千葉大学大学院に在籍中の、俵邦昭さんとお話してきました。哲学ラジオのインタビュー後の音声編集では、不要な空白や言い淀みは削るようにしているのですが、今回、そうした俵さんの「ためらい」の呼吸も、皆さんにお届けすべきメッセージではないかと思い、そのままにしてあります。普段より長めの50分となっていますが、特に、俵さんと同じ境遇にあるかもしれない方々に届きますよう、願いを込めて公開します。質問リストを参考にどうぞお聴き下さい。


(田中)

哲学の生態に迫るウェブ・マガジン『Philosophy Zoo』哲学ラジオのコーナー

を担当します田中紗織です。今日は千葉大学西千葉キャンパスに来ております。

数日前から関東地方の最低気温は11℃前後と、すっかり冬支度が必要な季節に

なりました。今日はひさびさの秋晴れで、千葉大のメインストリートにあるケ

ヤキも桜もすこし紅葉していて、すがすがしい風が通り過ぎていました。さて

そんな今日ですが、千葉大学人文社会科学研究科博士前期課程に在籍中の俵邦

昭さんにお会いします。俵さんとは、個人的に二年ほど前からのお付き合いで

して、今回お話させていただくにあたり、何度がメールでやりとりさせていた

だいていたのですが、そのなかで俵さんからこんなコメントをいただきました。

「不登校で、十数年ひきこもって、永井先生の本を読んで、大検を取って、千

葉大に入った、みたいな人生経験を話したほうがよいのではないかな。」

ということで、みなさん、どんなお話になるか聞いてみたいと思われるのでは

ないでしょうか。私自身も実は、この俵さんの人生経験について、くわしくお

話をうかがうのははじめてなので、俵さんがかつて見ていた世界を想像しなが

ら、そのイメージをみなさんにお届けできるように、じっくりお聞きしたいと

思います。それではさっそく行ってみましょう。

俵さん、今日は、よろしくお願いします。

(俵)

どうもまかしてください。はい、どうも、よろしくお願いします。

(田中)

はい、こんな感じの俵さんですが(笑)、えー、メールで頂いたようなお話をで

すね、俵さんの人生経験について、歴史をですね、振り返ってお話いただきた

いと思うんですがよろしいでしょうか。

(俵)

はい、まかしてください。もう、何でも、俺の話でよければしゃべりますけど、

はい。しゃべり、いま、こう、まさにしゃべれと。で、えっとですね、なかな

か一人でしゃべるというのは難しいと思うのがありますけど、うー、まあ、不

登校だったわけですね。で、いつから不登校だったかというと、高校に入って

まあ二ヶ月くらいで、学校に行かなくなったわけですよ。はい。えーと、それ

まで小学校、中学校はまあふつうに行っていたんですけれど、まーでも、中学

校の後半もけっこうかなりけっこう休みがちではあって、あまり学校行きたく

ないなっていう、そういう子どもではあったというんですよね。で、まー、高

校に入って、まー、ちょうど環境も変わるじゃないですか。はい。で、まー、

そのときにやっぱりうまくなじめなくて、こう、やっぱ人間関係とか、うまく

いかなくて。いま思うと、なんか、本当、どうでもよいことなんですよね。い

やー、どうでもよいことかというと、まーこれは微妙なところですけど、まー、

いま思うとそんなたいしたことじゃないと思うんですけど、やっぱりこうなじ

めないなと思って、こう、一人でいつも孤立していることが多くて。で、ちょっ

となんか辛くて、学校行きたくないなっていう感じで、行かなくなっちゃった

わけですね。こう、はい。っているのは、まあ、不登校になった、きっかけと

言えばきっかけで、はい。で、まあそこから数十年【書き起こし注:「十数年」

の間違い?】家にいるというか、こうひきこもっている期間があったわけですね。

はい。まあ、高校を、…、高校に行かなくなったのは15歳ぐらいですよね、こ

う、だから高校はほとんど行ってないわけですよ。

で、まあ、家に、家にいたというか、こう、ま、社会とのかかわりはほとんど

持たず、まあ家にこもって、まあ、いたわけですけれど。まあけっこうそのー、

本は好きでよく読んでたんですね、こう。だから本屋とかは実はけっこう行っ

ていたんで、こうひきこもりだからといってこう、ずっと家にこもっていたか

というと、そういうわけでもなくて、けっこう本屋さんはけっこう毎日行くぐ

らいの勢いで行っていて、はい。けっこう、だから、本屋に立ち読みしに行っ

て、はい、そういうのはまあ大丈夫だったんですね、なぜか。はい。で、まあ

やっぱりなんとなく哲学というものには興味があって、こう、哲学系のまあ、

難しい本は読めないけど、こう新書で出てるような、こう、哲学の概説書みた

いな、そういう入門書とかですね。なんかそういうのなら、まあ読んで、「ふー

ん」っていう。「ふーん」っていうのもなんですけど、こう、面白いなと思っ

て、こう読んでたんですよ。で、でまあ、ある日また本屋さんに行くと、こう、

バンとこう、新しい新書が出ていて、まあそれが何かと言うと永井先生の『<

子ども>のための哲学』という本だったわけですけど、はい。はい、これが、

あれなんですけど、最初こう、永井均って僕はぜんぜん知らなかったですし、

名前も聞いたことないですし、はい。この本、たしかに哲学の本だから興味は

あるけど、「買おっかなー、どうしようかなー」っていうのはちょっと悩みま

したね。っていうのはあって、パラパラ見ても、…、どうかなと、けっこう思っ

たんですよ。まだそのときは。でもまあ、「とりあえずちょっと買って、読ん

でみるだけ読んでみよっかな」と思って、まあ買って帰ったわけですね。

そして、…、読んだらびっくりですよ。これがまたびっくりで、もう大衝撃で、

まあ人生では本を読んでこれだけ衝撃を受けたことはないというぐらい衝撃を

受けましたね。こ、こんな、なんて言えばいいんでしょうね、でも、これは。

まさにこう、自分がちっちゃいころから考えてきたような問題がまさにここに

書かれていて、まさにこう俺のために書かれた本じゃないかというぐらい、そ

う勘違いしてしまうぐらいの、こういうけっこう衝撃があって、こう、私の、

私とは何かという話だったんですけど、はい。「そうか、こういうことが、こ

う、こう、こういう問題を学問として大真面目に研究されているのか」という

のがまず分からなくて。いやもちろん哲学というのは好きだったんですけど、

でも、こういう話だとはあまり思ってなかったんですよ。哲学というものを。

哲学というとなんかこう、もっとこう、分かんないですけど、ハイデガーとか、

サルトルとかなんか、そういうひとたちが現存在だとか実存だとか、なんか難

しい言葉を振り回していて、なんか。もちろんなんか、それなりの意味はある

んでしょうけど、俺にはなんかそれはいまいちよく、やっぱり分かんなかった

というのがありましたね。なんとなく興味はあったんですけど。でも、永井先

生の哲学はやっぱりそう、…、いやハイデガーやサルトルと違うとか同じとか

そういう問題じゃないとは思うんですけど、やっぱりこう、まさによく分かっ

て。俺自身に。何が問題なのかがよく分かって、そしてまさにこう自分がずっ

とこう考えてきたことがそこに書かれていて、それがまさに、こう、学問とし

てなされているというか、そういうことを研究しているということがあるんだ

なというのが驚いて。まあこういろんな意味で驚いたんですね、はい。まさに

内容にも驚いたし、そういう学問があるということにも驚いたし、と。はい。

まあそんな感じでしたね、はい。

(田中)

ありがとうございます。で、その本に出会ったのが21歳のときだったんですよ

ね。

(俵)

そうですね。だから96年ですよね。こう、本が出たのが。96年。たぶん20, 21

くらいのときで、僕が。まあ、ばりばりひきこもりの、一番こもっているとき

じゃないですかね。はい。出会って、はい、そうでしたね。でまあ、たぶん、

たぶんというかそれから急いで永井先生の本を買いあさっては読んで、「おー」

と思う日々がけっこう続きましたね。はい。でまあそれが、直接ひきおこりか

ら出ることにつながったかというと、またちょっとこれは別の話と言えば別の

話なんですよ。というのはありますね、はい。

(田中)

あ、ありがとうございます。あのー、20歳前後ってけっこう、私の持論でもあ

るんですけど、哲学の吸収率がかなり高いときじゃないかと思うんですけれど

も、永井先生の本に出会ったのがそういう20歳前後のときだったっていうのは、

何かこう自分の人生のなかでもいいタイミングだったという感じはしますか。

(俵)

うーん、そうですね、いいタイミングと言えばこれ以上ないタイミングだった

かもしれないですね。いやあ、でも、うーん、意外と若い頃、もっと若い頃読

んでもよかったとも思うし、それこそ中学生。あの本はたしか中学生のために

書かれたと思うんですけど、中学生のころ読んでてもよかったかもしれないと

いうのはありますね。だからあんまりタイミングは関係なかったかもしれない、

というのはあるかもしれないです、はい。

(田中)

分かりました。あのー、さっきですね、ちょっとこちらに来て、お話させてい

ただいていたんですが、俵さん、けっこうよく、鼻をよくかむ感じで(笑)、「

どうしたんですか」って言うと、「ああ、実はアレルギーなんですよ」という

話になって、あのー、喘息もあって鼻炎もあって、ときどき中耳炎にもなって

ということで、あのー、私自身もまったく同じ症状ですので、すごく共感でき

るところがあったんですが、そのアレルギー体質という問題と、不登校あるい

はひきこもりっていうことについての関係って、もしかしてあるのかなと思う

んですけれども、そのへんについて教えていただけますか。

(俵)

はい、まあ、教えるというほどじゃないんですけど、いやー、僕はあると思い

ますね、たしかに。こうやっぱりこう、アレルギー体質の子どもってこう、僕

もよくこう、病院にいって、よく入院、喘息で入院したりしていたわけですけ

れども、たいがいこうみんなおとなしくて、こうひきこもりがちって言ってい

いのかあれですけど、おとなしくて内気で、あまりこう積極的にひととしゃべっ

たりしないような子どもが多かったと思うんですね。でそれが、まあ、どうつ

ながっているのかというのはちょっとよく分からないんですけど、いろいろ諸

説あると思うんですよ。僕は小さい頃よく言われたのは、喘息の子どもは過保

護で、と言われて、甘やかされて育って、あんまりこう、ひととの付き合いと

かを避けるようになると。実際どうなのかというのは分かんないですけど、と

いうのもありますし、まあ、あんまりこう、お外に連れていってもらえないと

いうのがあって、まあ、こう、僕もあんまりこう、ごみごみしたところなんか

はこう、街中とかあんまり連れていってもらえなかったので。小さい頃。で、

はじめて映画館に行ったのが、中学生のときなんですけど、中学生のとき、『

ドラえもん』を観に行ったんですけどね、こう。はい。ずっと観たかった『ド

ラえもん』なんですけど、はい、なかなか見せてもらえなくて、はじめて行っ

たときもまあ、両親に連れていかれるみたいな感じで。中学生にもかかわらず。

それでマスクもしたままこう映画を観たという思い出がありますけど、はい。

関連はあると思うんですね。こう、アレルギー体質というか喘息であったりア

トピーであったりといった子どもたちがおとなしいというのは絶対あると思っ

ていて、それがなぜかというと、うーん、よく、ま、…。微妙なとこですよね。

こう。だからそういう子どもたちがそもそもこうおとなしい気質を持ってると

いうのか、という考えもありますし、まああるいはこう、やっぱりこう、子ど

もが弱いから親がちょっとこうかわいがって、こう、こう、家のなかだけでこ

うぬくぬく、ぬくぬくというかこう、あまり外の風にあてずに育てるのでそう

なったということもよく言われるんですけど、まあ実際どうかと言うと分かん

ないですね。ただ関連はあると思いますと、はい。

(田中)

なるほど、そのへんもぜひ今後なんか専門家の方たちが調べていただきたい、

えー、テーマだと思います。えーと、今回ですね、あのー、俵さんの人生経験

をお聞きするにあたりですね、私も基本的なことをすこし勉強しましたので、

言葉の定義についてすこしご説明させていただきたいと思います。

えー、まず「不登校」という言葉なんですが、文部科学省が毎年行っている学

校基本調査法という統計調査に使われている項目名として使われている言葉な

んですね。で、その「不登校」の定義なんですが、えー、「何らかの心理的、

情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しない、

あるいはしたくてもできない状況にあるもの」を不登校として定義しまして、

その数を検証しています。えー、この調査自体がですね、小学校と中学校を対

象にしているので、不登校のそのー、義務教育期間に登校しない状況を指すこ

とが多いようなんですが、えーと、その不登校にある児童生徒の数っていうの

が、えー、2006年では全国で12万6764人、えー、全体の1.17%、小学生302人に

1人、中学生35人に1人、の不登校児童生徒が存在し、えー、とくに中学校では

平均して学級に1人の不登校不登校児童生徒が存在する計算となる、というよう

なことで、ウィキペディアの情報なんですが、えー、俵さんご自身は高校から

ということなんですが、ここでその、ウィキペディアに書かれてあるその不登

校になった、えー、その児童生徒の要因としてですね、いくつか例が挙がって

ますので、いくつかご紹介したいと思います。まずひとつが学校生活上の影響。

これは嫌がらせをする生徒の存在、教師との人間関係、明らかにそれと理解で

きる、えー、学校生活上の影響から登校しない、あるいはできないっていうも

のですね。で、二番目が遊び、非行。これは、遊ぶためや非行グループに入っ

たりして登校しない。三番目が無気力。無気力でなんとなく登校しない。登校

しないことへの罪悪感がすくなく、迎えに行ったり強く催促すると投稿するが

長続きしない。四番目が不安など情緒的混乱。登校の意思はあるが、身体の不

調を訴え、登校できない。漠然とした不安を訴え登校しないなど、不安を中心

とした情緒的な混乱によって登校しない、あるいはできない。えー、で、五番

目が意図的な拒否。学校に行く意義を認めず、自分の好きな方向を選んで登校

しない。最後に複合という状態があって、不登校状態が継続している理由が上

記具体的例と複合していて、いずれかが主であるかを決めがたい、というよう

なことなんですが、いまお聞きいただいて、俵さんご自身はどこに当てはまる

とお考えでしょうか。

(俵)

いや僕はさっき聞いてて、もうバリバリ4だなと思ったんですけど。不安ですか

ね。かなーと思って。だから行きたいという気持ちもあるんですよね。やっぱ

りこう、行って楽しく学校生活を送れるものなら送りたいと。でもやっぱりそ

れがうまくいかないという。だからすごく行きたいという気持ちはありました

ね。本当ならば、と。はい。こう、はい、いまでもけっこうひきこもり的なの

で、はい。いまでも、いまからでもこう就職できるならしてーなみたいなのは

ありますけど、それはやっぱり強い不安はありますね、そして。それに対して。

うまくいかないんじゃないかと。そして実際、高校のときはうまくいかなかっ

たと。こう、うまくこう、ひとと合わせることができないというか。っていう

のはありましたね。はい。

(田中)

ありがとうございます。えー、続いて「ひきこもり」の定義のほうにいきたい

と思います。えー、こっちはですね、定義を出しているのは文科省ではなくて、

えー、厚生労働省で、最新の2010年5月に出された「ひきこもりの評価支援に関

するガイドライン」にはつぎのような定義が書かれています。えー、さまざま

な要因の結果として、社会的参加を回避し、えー、原則的には6か月以上にわたっ

ておおむね家庭にとどまり続けている状態。えー、他者と関わらない形での外

出をしてもよい。を指す現象概念であると。えー、精神科医の斎藤環さんとい

う方ですね、もうすこし簡単な定義をしていまして、えー、病気以外の理由で

半年間所属や対人関係を持てなかったひきこもりということを言っています。

えー、俵さんの場合もこの定義で大丈夫でしょうか。えーと、この定義で大丈

夫でしたらこの状態がどのくらい続いたかっていうところをお話いただけます

か。

(俵)

はい、まさに当てはまると思いますね、はい。たしかにこう、外に出て本屋と

かに行ったというのはさっき話したんですけど、だからこう他者との関わりを

持たない限りで、こう、外出とか、こう、するのはぜんぜん平気と言えば平気

だったんですね。だからこう、人間関係を持つというのが一番こう苦手という

か、というのがありまして、はい。だからこう、店員と客みたいな関係として

接するのはぜんぜん問題なかったんですけど、でもそれ以外の人間関係ってい

うのは、本当、家族以外はなかったですね、ひきこもりのあいだは。…で、そ

れがいつまで続いたかというと、たぶん、こう、12年くらいは続いたと思いま

すね。高校、から出て。いや高校、たぶん15歳ぐらいのときこうひきこもりは

じめて、こう、…、大検の予備校に入ったのが2003年なんですよね。だいたい

だから、27歳ぐらいのときなので、ちょうど12年ぐらいだと思うんですけど、

はいそれぐらいまで続きましたね。はい。ただこう、その大検予備校に入る2年

ぐらいまでは、ちょっとだけ働いたと言うか、実はこう、パズル作家をやって

いたんですよ。これはこう、まあ田中さんにも言っていなかったと思うんです

けど、はい。はい、これは、「ナンクロ」って知っていますか。知らないです

よね。ナンバークロスワードというのがありまして、こうクロスワードのこう、

ルールがちょっと変わった版というのがありまして、それをちょっとこうたぶ

ん、2000年ぐらいから、こう、受験のときまで。受験のときでもうやめたんで

すけど、こう、ちょっと忙しくて、やっぱり受験のほうが大事だということで。

2年、2~3年、あるいは1~2年か2~3年か、はやっていたんですよね。こうパズ

ル、パズルを作って、こういちおう、雑誌に載せてもらうというか、はい。そ

れはまあ、この話は長くしてもいいですが、はい。

えーとですね、え、やっぱりこう、ひきこもっているときも、やっぱり一番こ

う悩んでいたのが、やっぱりどうやってこれから食べていけばいいのかと。ど

うやってお金を手にしたらいいのかというのを非常に悩んでいて、でもふつう

に働くというのはとてもじゃないけどいまの僕にはできないなというのがあっ

たので、でもなんかこう、ひととかかわらずになんかうまくお金をかせぐよう

なことができないか、と。いまこう、ネットとかもあるし、そういうやつでう

まくやっているやつもいるじゃないかと、俺もなんかそういう道がないかなと

思って、探していたときに、こうぱっとパズル雑誌を見たときに、「あれ俺で

もクロスワードとか俺にも作れるんじゃない」となんとなく思って、…、うー

ん、こういうのだったらただ作ってこう編集部に送るだけで、ひととの付き合

いとかもしなくていいし、こう、俺にもできるんじゃないかと思ってやったら、

意外と本当、できちゃって、けっこう雑誌から、こう、こう、出版社のほうか

らこう依頼をもらえるようになったので。最初は投稿してたんですけど。それ

が認められたというか、はい。でまあ、それで2年ぐらいは、まあそういう、パ

ズル作家としてちょっと仕事みたいなのはしてたと。でもそれも、人間関係が

あるかと言えば、正直、なかった、ないと言えばないんですね。ただファック

スとかあと手紙とかでこう依頼が来て、まあこっちはこう、依頼が来たものを

作ってただ返すだけですから、はい。でもまあでも、それで、けっこう大きかっ

たのは、お金を稼げたというのがけっこう大きくて、けっこう自信になったと

いうのはあるんですよね。だからこれがけっこう大きくて、これがけっこう、

やっぱりこう、ひきこもりを出るというか、こう、大学に行くきっかけにはな

りましたね。というのがあります、はい。はい、言ってなかったですけど。

(田中)

すごい。はじめて聞くお話で、しかも、そのー、ひきこもりから出るきっかけ

になったというお話だったので、これは、あのー、お話をおうかがいできてよ

かったなと思っているんですけども、あの、いまのお話もそうなんですが、以

前からちょっとメールでやりとりさせていただいていて、ちょっとなんか私自

身も、俵さんの経験が他人事ではないなというようなところがありまして。と

いうのは、意外とですね、女性でも、結婚、妊娠、出産とかですね、そういう

いずれか、もしくはすべてを経験したような、いわゆる主婦の女性に、あのー、

俵さんのご経験っていうのは共感できるところが多いんじゃないかっていうふ

うに思うんですね。あのー、さきほどご紹介した厚生労働省のガイドラインに

は、家庭がそのような生き方を受容し、社会的支援を必要としていない事例の

場合は、すくなくとも当面は、支援を必要とするひきこもり状態とはなりませ

んというふうに言っているので、あのー、ひきこもり成年の、ひきこもりして

いる学生さんとかですね、あのー、働いてほしいと思われている、とくに男性

とかは、あのー、支援の対象になるんですが、主婦だと支援の対象にはならな

いわけですね。でーですね、でもやっぱりこの悩みっていうのはなんとなく共

通する部分があるように思いまして、あのー、「主婦」というキーワードと、

あと「ひきこもり」っていうキーワードでインターネットで検索すると、意外

と多くのひとが悩んでいたりするんですね。でーそのー、ちょっと検索したの

でその情報も、お伝えしたいと思うんですが、「大手小町」という読売新聞が

運営している掲示板に、ちょっと目に止まったものがあったので紹介したいと

思います。えー、「48歳、私がひきこもりなわけ」という題名で投稿された情

報で、「だって」と「どうぜ」という二つのキーワードで書かれてあるんです

が、「1. だって外に出ても儲からないんだもん」、で、「2. だって家でなん

でもできるんだもん」、「3. だってヒッキーはお肌が老化しないんだもん」、

で、最後にですね、「だって旦那が稼いでくれるんだもん」っていうのがあっ

て、でー、そのそれぞれのなかにですね、「どうせ」っていうのが入っている

んですけど、「実はアルバイトを三ヶ月やったことがある。その時間、外に出

ることで生じる出費が収入を上回った。疲労だけがたまるし、どうせ昇給も将

来性もないし、やっぱり外に出てもぜんぜん儲からないんだもん」っていうの

が、「だって外に出ても儲からないんだもん」っていうところの「どうせ」な

んですね。で、2の「だって家でなんでもできるんだもん」っていうところの「

どうせ」っていうところはですね、えー、まあ、独学でいろいろやってきたと。

「どうせヘタだしものになる確率も低いからこれで十分。やっぱり家で何でも

できるんだもん」というふうなことが書かれてあって、三番目はまあ、お肌が

老化しないっていうのは、「どうせ誰にも会わないから家ではノーメイク、肌

が傷まないからエステに行かなくてもすべすべだ」って言っていて、まあ、そ

れが「だって」「どうせ」のスパイラル的な状況でして、こういう状況だけ見

れば、あのー、誰にでも起こりうる、陥りうる負のスパイラルみたいなものだ

と思うんですね。で、現実のコストとベネフィットみたいなものを計算して、

自分の能力を見積もってあきらめて、惨めになってどんどん外に出られなくな

るという。ものすごく私自身も、あのー、経験したことがあるので、主婦でな

くても、たとえば論文を書いているけれど就職先がなかなか見つからない、休

学中の院生とかですね、陥りがちなんじゃないかと思うんですが、えー、俵さ

んがこういう主婦の方のお話に共感するところがあったら、あのー、ご意見を

お聞かせいただけないでしょうか。

(俵)

はい、いやー、非常に分かると言えば分かりますね。僕と同じところがあると

思いますね。うーん、うーん。ちょっと考えていいですか。ゆっくり、はい。……

だから主婦のひとは、ある意味ひきこもりが許されているところがあると思う

んですね。こう、…、こうとくに男性、若い男性というか、若くなくても男性っ

ていうのは外で働いてこうと。経済的な問題が一番あるんですけど、主婦の方

だとやはりこう、旦那さんが稼いできてくれると。で、まあそう、別にだから

こう、外に出ていく必要がないと言ったらあれですけれど、周りからのプレッ

シャーはあんまりないと思うんですね。まあだから実は、女性のひきこもりと

いうのは、実は、たくさん隠れて存在はしているんだけど、こう、表面上は現

れていないというだけでたくさんあるとは思いますね。実際こう、まさに家事

手伝いであるとか、こう主婦であるとかという肩書きというのは実はけっこう

ひきこもりのひとがかなりいると思うんですけど、はい。で、はい、すみませ

ん。

(田中)

いやいやいや、あの、ちょっとゆっくり考えて、まとめていただきたいと思う

んですが、あのー、いま仰ったように、成年の場合はですね、あのー、家族が

受容するより、えー、心配するより励ましたりしてしまいがちだと思うんです

ね。そのことによって重症化したりすることもあると思うんですが、えー、そ

れから男性の場合はとくに社会のほうが、えー、将来の労働力の担い手として

見ていることもあって、えー、治療ですとか、支援の対象となりやすいと思わ

れます。でも実は同じ境遇のなかにいて、本人はものすごく苦しんだけれども、

周りにはある程度許容されている、そういう筋金入りのひきこもり主婦ってい

うのはいると思うんですね。でー、ひきこもりの休学中院生っていうのもけっ

こういそうなんですけれども、あのー、ひきこもりっていうのはそもそも社会

から許容されているほうが、本人としては、えー、いいのか。もしくは許容さ

れていないほうが楽なのか。いまあの、俵さんご自身は、あのー、高校を中退

した時点でのひきこもりっていうのはあまり社会から許容されないで周りから

心配されるひきこもりであったと思うんですが、いま院生という肩書きを持っ

て、あのー、状況としてはあまり変わってないっていうことだったんですけど

も、休養されているひきこもり状態っていう状態だと思うんですが、ま、あの、

院生という肩書きがあるので学校に通っているじゃないかというふうに言われ

ればですね、本人が「ひきこもりだ」と言ってもだれも助けてくれないとは思

うんですよ。どっちがですね、そのー、ご本人としては辛かったのか、あるい

は楽だったのかっていうところって何かあれば教えていただけますか。

(俵)

はい、うーん。まあこれも本当に一概に言えないというのがやっぱりあって。

こう、やっぱりこう、プレッシャをかけられるのもやっぱり辛いと言えば辛い

んですけど、かと言って、もうそれでいいよと言われるのもやっぱり辛いじゃ

ないですか。というか、本人が本当にこもっている状態でいいと思っているな

ら、まあ別に、それでも許容されているならいいかなと思ったりもするんです

けど、たぶん多くのひきこもりのひとは実はこう社会に出てこう、バリバリこ

う、働きたいと言うか、こう、人間関係のなかにあってこう、社会的生活をし

たいというか、そういう欲望はあるとは思うんですよね。こう、だからこう、

うまくやれるもんならやりたいという欲望があって、それを適切にな形でこう

サポートしてあげられるような形で、こう背中を押してあげるというか、プレッ

シャー、それがまた過度なプレッシャーになってしまうとまた本人に辛いとこ

ろはあると思いますね。だから、…、こう許容、やっぱり許容するというのが、

やっぱりこう、あくまで本人がそれで本当にいいと思っていたらいいと思うん

ですよ。でもまあそうじゃないと思うので、やはり。こう、みんなやっぱり、

社会のなかにあってこう、楽しく、みんなと楽しく生きていたいじゃないです

かという気持ちがたぶんあって、はい。だからこう、だから許容するというの

もたぶん僕は違うと思うし、かと言ってこう、やっぱりこう、プレッシャーを

かけるというのもやはり、こう、本人にとって辛いことなので、だからやっぱ

りできることからこうサポートしてあげると、こう。なかなかだから、こう、

ひきこもっている子どもに対してこう「働けよ」とか言っても、非現実的なん

ですね。そのー、子どもたちにとってはすごく。そんなこといきなりできるわ

けないから。そんなことができるならひきこもらないんだよ、というのがある

ので。はい。すこしずつやっぱりこう、…、そこが難しいんですね。こう、ど

ういうふうに社会とすこしずつ関わりを持っていくように、こう、助けてあげ

られるかというのが、難しいところだと思います。

(田中)

もしですね、俵さんご自身の経験を活かしてですね、ひきこもり、いま現在ひ

きこもっている、もうすこし小さい小学生とか中学生とかにですね、何かアド

バイスというか、自分もそうだったけれども、何か適切な仕方でそういう悩み

を解決する手段を提供させてあげることができるとすれば、どういうことが可

能でしょうか。

(俵)

うーん、はいはい。難しいですね。とくにこうちっちゃい、まだ小学校中学生

の子ども…たちに対して、どうすればいいかというのは非常に難しいですね。

でもだから、その子たちはやはり学校に行きたいという気持ちがあると思うん

ですよ。まあ子どもによると言えばよると思いますけど。もちろんこう積極的

に行かないという選択肢もあるし、もしそれならそれでまあ、かまわないと思

うんですけど、やっぱり行きたいけど、こう、なかなかこう、周りのこう、ク

ラスに馴染めないとか、うまくやってけないという子どもたちに対してどうし

てあげるか、というのはなかなか難しいんですけど、まー、なんとなくこう、

偉そうなことを言えば、まあそんな気にするなと。そんな小学校とか中学校と

かの人間関係なんてたいした話じゃないから、別にぜんぜん一人で孤立しても

いいから、行くだけ行っとけよというのが、素直なこう、アドバイスなんです

けど、はい、実はね。うん、でもまあ、それをそうそれを聞いた子どもが「あ、

そうか」と素直に開き直れるわけでもないと思うので、なかなかこう実質的な、

こういいアドバイスは難しいですね。はい、どう、うーん、僕もそれがどうし

たらいいかというのを考えてるんですけど。

(田中)

分かりました。あの、今後まあそういう機会があったらですね、そのへんをた

ぶん、その、経験を同じくしているひとではないと、実質的なアドバイスって

難しいと思うんですよね。だからその、なんか分からないひとがアドバイスし

てしまうと、余計なプレッシャーになってしまったりとかですね、そういう部

分があると思うので、そういう貴重な経験をした俵さんですので、同じような

経験をしている子どもたちにもですね、何か実質的なアドバイスをしていける

ような機会があったらいいんではないかなというようなことを考えています。

でーですね、さきほどちょっと、主婦の「だって、どうせ」みたいな話をした

んですけれども、まあそういうスパイラルを断ち切ったというのが俵さんの場

合は永井均先生の本だったわけなんですが、えーさきほどちょっと出てきた斎

藤環さんという精神科医の方が、村上龍という小説家が書いている、えー、ひ

きこもりを題材にした小説であります、『最後の家族』という小説の、書評で

ある文章を書いていまして、そのなかでですね、ひきこもり成年が自力で外に

出る要因というのは、性、セクシャルな性ですね、性か社会正義のいずれかで

しかなくって、この『最後の家族』っていう小説はその二つの要因を満たして

いてすばらしいということを言っているんですけれども、あのー、永井哲学っ

ていうのは、ぱっと見、どっちでもないような気がするんですけれども、どこ

がその、俵さんの胸を揺さぶった要因だったんでしょうか。

(俵)

はい。でも正直言っていいですか。たぶんひきこもりから抜けること自体に関

してはたぶん、永井先生の哲学はあまり関係ないと言えば関係ないと思うんで

すよ。ただまあ、実質的に、まあ、こう、僕は千葉大に入ったわけですけれど

も、まあ千葉大に入ったことがひきこもりからいちおう抜けたと言っていいな

らば、まあ千葉。僕は千葉大以外なら大学に行くことはないだろうなと思って

いたので、まあ単純に、永井先生のところに行く以外なら大学に行くことはな

いだろうなと思っていたので、ま、その意味では、まさに永井先生のおかげで、

こう、ひきこもりから出れたと言えば出れたというところはありますね。で、

うー。ひきこもりから出る要因が、セクシャルな性か、社会正義か、ちょっと

極端だと思いますけど、でも、まあたしかにそれに近いところはあるのかなと

いうのはけっこうありますね。まあでも、僕の場合は当てはまらないからとい

う気もしますけど。僕の場合は、なぜ出れたかというと、自分でも実はよく分

かっていないところがありますけど、まあやっぱりこう、お金が稼げるように

なって自信が出たというのがひとつあるのと、やっぱりこう家族がこう支えて

くれたというか、非常にこう、両親と姉がいまして、姉が13離れてるんですよ。

非常に僕に甘くてですね、こう家族みなさん、非常にありがたいと言えばあり

がたい。いまだにこう、お金を出してもらっているわけですけども、はい。「

お前、いま何歳だよ」と言われそうですけど。はい。けっこうだからこう、大

学入るときも、かなり背中を、こう、家族が押してくれて。だから家族との関

係が良好になったというのも実はありますね。けっこうだからひきこもりの、

こう、ときって、家族ともしゃべらなくなるんですよね、実はけっこう。こう、

家族と顔を合わせるのはご飯を食べるときだけとかで、だからぜんぜんだから

こう日常的な話、会話とかもしないというのもあるんですけれど、とくにだか

ら20代、25、26ぐらいでも、まさにパズル作家とかをやりはじめたころにはだ

いぶ家族ともしゃべれたりするようになれたので、まあそれがなぜかというの

もいろいろ複合的な。なぜなんでしょうね。まー、大人になっても、まあなん

か、どうでもよくなってきたというのもあるかもしれないし、実はけっこう。

実はそういうのがおっきいのかもしれないですけど、まあでも実はいまでもあ

まり、親とうまくこう、親とうまくやっているかと言うと、微妙なところはあ

るんですけど、まあ昔にくらべればだいぶしゃべれるようになったと。で、そ

ういう家族関係がよくなった…、というのもあり、さらにそれによって家族が

「大学へ行けばいいじゃない」みたいな話もしだして、まあそれで背中を押し

てくれるようになってるみたいな好循環と言いますか、うまく回りはじめたと

いうのは実はあると思いますね。なかなかふつうに、働くとかっていうのはま

だ難しかったと思うんですけど、大学行くくらいならまあ、行けるんじゃない

かと。で、大学行くとしたらもう、永井先生のいる、まあ千葉大なら行っても

いいというか。まあそもそもでも、まあいろいろ受験もしましたけど、まあ千

葉大以外は行く気はなかったので、まあ。と思って、だからそういう意味では

本当、永井先生のおかげで大学生になって、ある意味、ひきこもりから、僕は

まだ出れたとは思ってないんですけども、ある意味いちおう、形としては出れ

たと言えば出れたと言えるかもしれないです。というのはあります。はい。

(田中)

分かりました。あのー、風が吹けば桶屋が儲かる的な発想でですね、哲学すれ

ばひきこもりから脱するっていうのは、ちょっと極端な言い方かもしれないん

ですけれども、そのー、哲学である意味、すごく人生の指針みたいなものを考

えながら、実際のこう、ひきこもりから出られた要因というのは、実はそのパ

ズルのほうでお金を得られたっていうところのほうが大きいんじゃないかなと

思うんですけれども、そのー、やっぱり経済活動を自分がして、自信になった。

だれかとものを交換してそれがお金につながったというところがですね、何か

こう、家庭の外に自分も出てみようかなっていうそんな原動力になったんじゃ

ないかなっていうことを、お聞きしていて思ったんですが、そのへんのところ

はどうでしょうか。

(俵)

実は本当そうだと思って、やっぱりひきこもりの子は、罪悪感があるんですね。

僕もずっとそうだったんですけど、やっぱりこうずっと何もせずに一日中家に

いて、ただ食べさせてもらうだけと。で、こう、やっぱり一番の、一番こう悩

みというかこう苦しみというのは、やっぱりこう、いい年した若者が何もせず

に家でブラブラして、ひとから見れば「働けばいいじゃないか」とかやっぱり

そういう、そういうすごいプレッシャーもあって、やっぱりそれが一番辛いん

ですね。で、実際こう、お金が、まあちょろっとですけど、実際、自分の手で

稼げるようになると、まあそういうプレッシャーが一気に消えちゃうわけです

ね、実は。実はというか、まさに消えて、「だって俺、稼いでいるんだから、

いいじゃない」と、うー、そうと開き直れるというのはありましたね。だから

非常に気が楽になったと、うー。それで、たぶん、たしかにそれでこう親にも

負い目があったんですけど、こう、ただ食べさせてもらうだけという負い目が

あったんですけど、たぶん、こうお金を稼げるようになったというので、やっ

ぱりこう気が楽になって親ともうまく話せるようになったというのはやっぱり

ありますね。はい。やっぱりそういうこう、やっぱり罪悪感がすごくあるんで

すよ、こう。不登校の子どももそうだと思うんですよ。学校に行ってなくて罪

悪感があるし、ひきこもりのひとはこう、外に出て働いていないという負い目

があると。うん。でもやっぱりこう、かといってこう、自分の力で外に出てい

くっていう力がないと。本当、どっち行ってもだめだという。どっちからも責

められて、どっち行っても安心できないというか、こう常にこう不安にさらさ

れているわけです。うーん、なかなかそこは難しい。で、たぶんたまたま僕の

場合はなんかうまくいったというのが実はありますね。だからふつうにアルバ

イトとかしろと言われたら、非常に僕は難しかったです。うーん。だから実は

もしひきこもりのひとがいて、悩んでるんだったら、パズル作家やってみたら

というのは実はけっこう。意外とできるので。はい。僕でもできたのでできる

んじゃないですかという、はい。あんまり競争率も高くないですし。あんまり

作ろうというひと、いませんから、パズルなんて。そうですね、主婦とかは本

当、いいと思いますよ。小銭稼ぎにもなって、自信になるし、はい。それがきっ

かけでやっぱり外に出るということは十分あるでしょうし、そして、はい。うー

ん、そういうのはやっぱり、ひとつあると、非常にいいと思いますよね。でま

あそれが、それを探すのがまた大変と言えば大変なんですけど、はい。

(田中)

いまちょっと重要なキーワードをいくつか頂いたように思いまして、あのー、

罪悪感を解消するのはやっぱりお金っていうのは非常に大きいんだなというこ

とを、あのー、教えていただいたように思います。えーとですね、まあちょっ

と時間も来てしまっているんですけれども、そうですね、いちおう「哲学ラジ

オ」なので、哲学の話を最後におうかがいしたいんですが、いまやられている、

その、修士論文について、ちょっとすごい嫌がってますけど(笑)、お話をお聞

きしてもよろしいですか。

(俵)

それが一番、それが一番しゃべりにくいことなんですけど。あー。困ったな、

はい。はい、非常にまあそれがまあ本職というか本分なので、しゃべれと言わ

れればしゃべりますけど、何をやっているかというと、まー、いちおう、おお

ざっぱなくくりで言うと、まあおおざっぱなくくりで言わなくても、人の同一

性、パーソナル・アイデンティティというので、こう、いちおうなんかこう、

永井先生の話ともつながりつつ、こう自分の独自の色が出せるのはどこかなと

いうのを、いまだに探しながらやっている感じなんですよね。どう説明してい

いのかというのはあれなんですけれど。いちおうこう、いま書いているのは、

人の通時的な同一性と言いますか、昨日の僕と今日の僕が同一人物であるって

いうのはなぜなんだいっていう、そういうような問題ですね。で、なぜなんで

しょうというのが、いまだにけっこう僕は、まだ悩んでいるんですけれども、

実は。修士論文、あと二ヶ月の時点で、はい。なかなかこれが難しくて、まー

ひとつ言える、…、まずぱっと浮かぶのは、記憶を持っているかというのが分

かりやすいじゃないですか。昨日やった、昨日なになにしたということを、い

ま僕は覚えているよ、と。覚えている以上、そう、昨日の僕と、昨日のその何

かした、昨日の体験をしたひとと、いまいる僕とは、同一でないかい、と。そ

ういうのはまあ保証されているじゃないか、というのは、ひとつ、手ですよね。

でまあ、これは僕はあんまり取らないんですけど、実は、結局、考えた結果。

ふう、いいですか。ゆっくり、ゆっくり、考えながら話していいですか。どう、

どう説明したらいいかな。

(田中)

私から質問させていただいていいですか。その哲学的な質問っていうことにな

るか分からないんですけれども、あのー、時間の流れってけっこう違ってくる

ように思うんですよね。まあ、ご自身がひきこもりだったときに、たった一人

だけだったとき、あのー、だれとも、ご家族ともお話しないで、何もコミュニ

ケーションもなさらないで、経済活動もしていなかったときの時間の流れと、

あとそういうときの記憶って続いているものですか。だれとも話さなかった自

分っていうのは、あのー、そのとき、たとえば、この季節に何があったかとか、

すごく覚えていられるものなのかとか、あるいはそのときの時間は止まったま

まのような感じで、あのー、何年から何年は何をしたのかがまったく覚えてい

ない状態なのか、その時間の細分化っていうか、どれくらい細かく覚えていら

れるものなのかなって。だれとも話さなかった時期ですね、はい、お願いしま

す。

(俵)

はい、ぜんぜん哲学的な話じゃなくていいですか、本当に。まさに、ひきこもっ

ているあいだの記憶って、実はほとんど僕は、記憶がないと言ったらあれです

けれど、そもそもだから覚えているような体験がほとんどないわけです。ただ

寝てただけなので。だから10代後半から20代後半までの記憶というか思い出と

いうのは、実はほとんどないわけですよね。僕の場合。ただこうテレビで何か

をやってたなとか、こういう曲が流行ってたなというのはあるんですけど。ラ

ジオとかテレビとか、よく聞いたり見たりしていたので。でもまあ、実際、実

体験として、こう自分が何かをしたという記憶はほとんどないですし、だから

本当この10年はあっという間に過ぎたと、いま思っても。あっという間に過ぎ

たというか、そもそも、過ぎたのだろうかというぐらいの不思議な感じで、い

まだにだから、実は、気持ちはけっこう15歳なんですけれども、いまだに、は

いはい。だから本当に、何もなかったと言うか、もうあっという間に過ぎたと

言うべきか、あるいは本当に止まっていると言ってもいいぐらいの感じだと思

います。僕のなかの感じでは、感覚としてはですね、はい。

(田中)

あのー、記憶が回りはじめたと言うか、なになにをやったつぎになになにが起

きたみたいな、そういう連続的に、何か連続的に覚えていられるようになった

のは、またいつごろからなんですか。

(俵)

どうでしょうね。たぶん、うーん、だからこう、パズル、またパズル作家の話

になりますけど、だからパズル、最初にこう自分の作品がこうバンと雑誌に載っ

たときのことは非常によく覚えていて、それから、そのあたりのからは、こう

だいぶいろんなことがあったなっていう、いま思い返してもというのがあるん

ですね、こう。それまでは本当に、まったく真っ白なわけですよ。空白という

か、何もなかったんですが、そっからすこしずつなんか、すこしずつ何もなかっ

たところに書き込むような出来事はちょっとずつ埋まってきたかなっていうの

はありますね。そうですね。また、しばらく、まあ二年ぐらい、パズル作家を

続けて、また今度は一年こう、大検の予備校に行ったわけですけど、そのとき

のこともよく覚えてますし、その一年を、はい、いろいろ、そのときの友達の

こととか、こういろんなイベントで、こう、宮島に行ったなとか、そういう、

焼肉をしたなとか、こう、そういえば夏ぐらいに大検に受かったなとか、そう

いう、そこらへんからはかなりありますね。もちろん大学に入ってからも、い

ろいろありましたし、はい、だからそう、うーん、それくらいですね。だから

パズル作家をやりはじめたぐらいから実質的な思い出というか、内容のあるこ

とが埋まってきたというのはありますね。

(田中)

すごくそのへんの話って、実際体験されているわけですから、俵さんにしか書

けないものって非常に多いんじゃないかなって思うんですよね。その、コミュ

ニケーション、記憶、人格の連続性、みたいな問題ですよね。だからそこをむ

しろ書いていただければですね、本当にほかのひとにとっても、あのー、有意

義なものになるんじゃないかなと思っていて、あのー、本当に女性でも、あのー、

妊娠とか出産とかしているときって、記憶って本当にないんですよね。そのー、

何もしない時期があるっていうのはあって、すごくまあ、痛みの記憶とかはあ

るんですけども、何かこう、家にずっといる期間が長かったりすると、そのと

きはすごくこう、細かくいろんなこと覚えているんですけど、振り返って、何

だったんだろうというな感じで、当時の日記とか見てやっと「あー、こんなこ

とあったんだ」というぐらいでですね、何かこう、社会から遮断されているよ

うな状態だと、違う時間が流れるような気がしていて、でまた、社会との関わ

りが、あのー、出てくるときに、また違う時間が流れて、そのお互いがですね、

何と言うか、行ったり来たりできるような関係じゃないような時間の流れ方を

しているように感じているので、俵さんはそのへんの、実はプロなんじゃない

かなと思っていますので、期待してお待ちしているところです、はい。

(俵)

はい、まあ、うーん、うーん、修論に盛り込めるかというと、実はというかな

かなか難しいと思うんですけど、いやでも、田中さんのお話を聞いて、本当そ

うだなと思ったんですよ。たしかにこう、僕もひきこもっているときのその当

時の一日というのはすごく長いんですよね。なかなか今日一日も終わらないと。

ただこう、何をしているかと言うと、こもって悩んでいるだけなんですけど、

で、にもかかわらず、あとから思い返してみると何もなくて、何も思い出すこ

とがないと。本当にこの、独特な、遮断された時の流れというのが、ひきこも

りのときはありましたね。はい。まー、うまくそれを、それを修論にできるか

というと、これがまた、いやー、どうだろうな。はい、はい、はい。まー、が

んばってやってみて、できることなら入れてみたいと思います。はい、はい。

(田中)

あー、なんか本当に今日は、楽しいお話で。もうこんな時間はきっと、あとか

ら思い出しても鮮明に思い出されるような時間だったんじゃないかなと、はい、

いい思い出になる時間だったんじゃないかなと思います(笑)。今日は本当にあ

りがとうございます。

(俵)

あー、どうも本当、こんなくだらない話を聞いてくださって、ありがとうござ

います。どうも俺もこう、話ができて楽しくて、非常によかったです、はい。

ありがとうございます。

(田中)

ではですね、このあとも、楽しいイベントが待っていまして、実は、あのー、

永井均先生を交えて、このあとお礼で、カラオケに行くんですけれども、そち

らのほうもよろしくお願いいたします(笑)。

(俵)

あー、そっちがむしろ、本番ぐらいな勢いで(笑)。むしろそっちのほうで緊張

しているぐらいなんですけれども。もう本当、カラオケは、実はけっこう人前

で歌を歌うのは苦手なんですけども、まー、がんばって歌いたいと思います、

はい。

(田中)

今日はありがとうございました。

(俵)

はい、ありがとうございました。はい、どうも。

(田中)

よかったですよー。

(俵)

あー、すいません。

写真

俵 邦昭(たわら・くにあき)
1975年生まれ。15歳で高校を中退後、12年のひきこもり期間を経て、大検を受験。現在、千葉大学大学院人文社会学研究科博士前期課程在籍中。