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藤井基貴さんは、静岡大学教育学部で防災教育に取り組んでいる。 大学時代、カント研究に従事していた藤井さんは、静岡大学への着任をきっかけに道徳教育に携わるようになった。大学で学んだカント哲学と、義務教育のなかの既存の道徳教育には乖離があるように思えたものの、2009年春から、教員を目指す学生達とともに道徳教育の教材の開発・実践を始めた。
東日本大震災が起こったのはその2年後のことだった。「先生、やっぱり今年は道徳教育の中で防災教育を考えたい」。そう提案したのは、研究室に所属する学生達だった。これまで蓄積されてきた防災教育実践の文献を読みこむ中で、「道徳の時間」でできることを探った。学生達と議論しながら育て上げたのが『ジレンマ授業』と『ジレンマくだき授業』の二段構成によるプログラムだ。
前半の『ジレンマ授業』では、子ども達はモラル・ジレンマ課題に取り組む。例えばこうだ。「あなたはカメラマン。地震が発生し、助けを求める声も聞こえる。あなたは救助をするか、それとも取材をするか?」子ども達はまずそれぞれの理由をもとに自らの立ち位置を決めるが、もちろんそれで終わりではない。当初抱いていた意見は、クラスメイトの発言や教師の問いかけを受けて大きく揺らぐ。揺らぎの過程で、何度も自身の立ち位置を見直す必要に迫られる。
子ども達が語る根拠はしだいに複雑になり、当初の二項対立の選択には収まりきらなくなる。藤井さんらはこの反省的過程を重視している。ジレンマに立ち向かっても答えの見つからない状況が、子ども達に行き詰まり感を生じさせ、そのことで、ジレンマを生じさせないような解決策を見いだす努力が生まれるのだという。
後半の『ジレンマくだき授業』では、災害時の行動選択をより良いものにするために、事前の備えなど解決策を探る。子ども達は身近な環境での対策を考え、防災に向けて行動するための具体的な手段を共有する。こうして、防災をめぐる哲学的探求が、その先にある「行動」に結ばれるのだ。
道徳教育における防災教育の試みは研究室の一大プロジェクトとなり、地震学の研究者達にも注目され、多数のメディアにも取り上げられた。目下の課題は、学校教育への導入の是非という観点も含めた、評価方法。道徳教育の枠組みに照らした評価や、批判的思考力の向上は一つの基準になり得る。しかし、この授業の目標は、子ども達が防災に向けた行動を自らの考えに基づいて行い、災害発生時にも実行に値する「解決策」を講じることにある。何のための評価かという点については常に問い直さねばなるまい。
教師の側の課題は、発問をする力だという。この授業実践は教師の役割に大きな転換を迫る。なぜならジレンマ授業の本質は、正解の導出ではなく、解決策の提案だからだ。教師は、多くの観点を教えるのではなく、問いかけによって子ども達の考えを「立体的に揺さぶる」必要がある。このため、最も必要とされる能力は「問う力」だという。授業実践は教師と子ども双方にとって、哲学的な議論を鍛える場でもある。
これまでの道徳教育では、思いやりの心を育むことに力が注がれ、それを察した子ども達は、教師が望む善意の行動を正解として授業のなかで答えざるをえなかった。藤井さんが目指すのは、教師が正解を示す前に、自ら理由を考え、語り、行動できる力の育成だ。藤井さんの設定する授業では、子ども達は驚くほど饒舌に語る。東北での3.11のあと、東海地震の発生が危ぶまれる静岡県において、具体的なテーマについて探求することが子ども達の言葉を引き出す起爆剤になっているという。
最後に「防災教育はカント的にいうと他律から自律へという方向にあってですね…」と、藤井さん。当初は防災教育とカント研究の関係はあまり考えなかったという。しかし今、藤井さんのカント研究と道徳教育、そして防災教育との連関は、「防災道徳」として統合されつつある。教師と子ども達による哲学的な対話が、藤井さんにそのことを気づかせたのかもしれない。
(取材:宮田舞)
藤井基貴さんの記事を含む「特集:3.11 後のサイエンス・コミュニケーション」は哲楽5号でお読み頂けます。
2011年3月11日から2年半が過ぎ、この間さまざまな「リスク」に関する言説が流れた。 原発を維持するリスク、廃炉にするリスク、被災地に留まるリスク、逃れるリスク。 「科学的な事実をもとに、自分で責任をもった行動をとり、起こってしまった事故の責任は独自に追求すること」 は、意外に難しい。科学と哲学に関する研究者の声から、その先の未来を探った。
●インタビュー
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加瀬 郁子 3.11後の科学者の言説と社会の関係を探りたい
藤井 基貴 防災道徳の授業で子ども達の行動する力を養いたい●コラム Column
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